二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
ミスターN
ミスターN
novelistID. 63008
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

『雨上がりの夜』

INDEX|3ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 

「まあ、『竜宮小町』は、我が765プロの社運がかかっているプロジェクトだからね。失敗させるわけにはいかないのよ。私のプロデュースの腕次第で、彼女たちの今後も変わってきてしまうんだし。手を抜くわけにはいかないのよ。」
「・・・みたいだね。」
 美希は浮かない表情で、私から目をそらすようにして机を見つめている。
「羨ましいの?」
 美希はプリンカップを机に置いた。気づけば、彼女はもう食べ終わっていたのだ。
「正直、そうだったかな・・・。」
 そういえば、美希は『竜宮小町』に強いあこがれを抱いていたのを思い出した。プロデューサーに何度も、「『竜宮小町』に入れてほしい。」と直談判していたのだ。美希の悩みは、未だに自分が売れないことなのだろうか。
 ん?「そう“だった”」?じゃあ今は違うというのだろうか。少し違和感を覚えながらも、とりあえず今は美希のことを褒めてあげることにした、
「『竜宮小町』には、入れてあげられなくても、美希ほどの実力があれば、あなたはいつか必ずトップアイドルになれると思うわ。」
 美希が目をキョトンとさせている。
「なんだか気持ち悪いの。」
 き、気持ち悪い!?あらやだ!?プリンが腐ってたのかしら!?
「ど、どうしたの!?プリンに何か悪いものでも入ってた!?」
 私はびっくりして、食べかけのプリンを机の上に置いた。
「そうじゃなくて、律子・・さんが、急に私に優しくするから。どうしてだろうって思って。」
 へっ?
「ぷ・・・プリンが腐ってたとか、何か悪いものが入っていたとかじゃなくて。」
 美希は噴き出していた。顔をゆがませ、手で顔を覆っている。
「律子さん、おっかしいの!」
 美希に馬鹿にされて、体の芯が少しだけ熱くなるのを感じた。顔が赤くなってしまった。
「な・・・何よ!心配して損したじゃない!」
 美希はまだゲラゲラと笑っている。
「そうじゃなくて、いつもがみがみ怒ってる律子・・・さんが、こうやって私のことを褒めるなんて、何だか変な気がするの。」
 そういうことか。確かにいつも怒ってばっかりで、真正面から美希のことを褒めるなんてめったになかったかもしれない。「言われてみれば・・・確かにそうだったかもね。」
「というより、律子・・・さんとお話しするのもなんだか久しぶりな気がするの。」
「あれ?そうだっけ。」
 頭をひねって反芻してみる。・・・確かに美希の言う通り、美希とこうして面と向かって話すのも久しぶりだったかもしれない。
「・・・そうなの。」
 美希は少し寂しそうな顔をしていた。私は美希を励まそうと試みた。
「美希、私は、本気で美希の才能を認めてるのよ。あなたには、他の人にはない才能があると思ってる。」
 そう、星井美希は「天才」なのだ。歌も振り付けもセリフも、全部一瞬の時間に覚えきってしまう。それだけでなく、まだ14歳なのに豊満なボディー、そして誰もが見惚れるような端正な顔立ち。まさに彼女は、アイドルになるべくして生まれてきたような子だった。
 だから私は真剣な眼差しで美希を見つめるのだ。美希もそんな私の真剣な眼差しに、驚いているような様子だった。
 だけど私はくぎを刺すのも忘れない。
「美希が今後もレッスンをさぼらずちゃんとやればの話だけどね。」
 美希がうんざりという顔をする。
「またその話なの。」
 いかんせん、この子にはさぼり癖がある。月並みな表現だが、美希はダイヤモンドの原石なのだ。だけど、いやだからこそ、磨かれる必要がある。なのに、この子は磨かれるのをさぼりたがるのだ。私が口酸っぱくレッスンに励めと言っているのは、私がこの子の才能にかけている裏返しなのだ。それを美希はなかなかわかってくれない。
「美希、最近ちゃんとレッスンやってる?」
「・・・まあ、それなりに。最近はレッスンも楽しくなってきたしね。」
 あら、それは意外なことだ。
「えらいわ美希!何が楽しくなってきたの?」
 美希は「うーん」と首をひねる。
「春香達と遊ぶことかな。」
「は?」
 春香たちと遊ぶ?
「実は最近レッスンを兼ねて、春香とか千早さんとかと、テニスコートに行ってテニスに行ったりしているの。あとカラオケレッスンも好きだなー。」
「か・・カラオケレッスン??」
「うん!カラオケで好きな曲を歌って点数を競うの。これも立派なボイストレーニングだよね!」
 あ・・・頭が痛くなってきた。それってレッスンっていうのかしら?
「律子さん、大丈夫?」
 美希が私に駆け寄ってきた。いきなり萎れて、右手で頭を押さえてしまったものだから、美希が心配して私に声をかけてきたのだ。
「大丈夫よ、美希。ちょっと調子が狂っちゃっただけ。」
「そう、ならよかった!」
 美希は笑顔を見せて、座っていたところへ戻っていった。
「律子さん、安心して。ちゃんと普通のレッスンも楽しく感じられるようになってきたから。」
「そうなの?」
「うん!春香達とレッスンをしていると、何だかとっても楽しいの!」
 そういう美希の顔は本当に輝いていた。まばゆいほどの笑顔だった。私も、そんな美希の笑顔を見ていると、心がことほぐようだった。
「そう、それは良かったわ。これなら、美希がトップアイドルになれる日もそう遠くはなさそうね。」
 ところが、そう言い放った瞬間、美希の顔が一瞬にして、まるで蝋燭の火をふっと消されたかのように、沈んでしまったのだ。
「どうしたの、美希・・・?」
 美希は私から目をそらすように下のほうを向いて、何かを考えていたようだったが、すぐ取り直した。
「あっ・・・うん。大丈夫なの。」
 何が大丈夫なのだろうか。というより、大丈夫じゃないから、ここに駆け込んだのではないのだろうか。
「お茶淹れてくるの。口が甘くなっちゃったの。律子・・・さんは、早くプリンを食べたほうがいいと思うの。」
 そう言い残すと、美希は逃げるようにして席を立った。給湯室でお茶を入れているらしい。私は残ったプリンを口に運んでいた。私には、美希の真意がさっぱりわからなかった。
 しばらくして、美希がハーブティーを淹れてきた。
「いい香りね。」
「うん。心が安らぐの。はい、どうぞ。」
 美希が、私が座っている長椅子のところにやってきて、二つのティーカップのうち、一つを私の前に差し出した。
「ありがとう、美希。」
 私はティーカップの取っ手を握り、香りを楽しんだ。透き通るようなハーブの爽やかなにおいだ。そしてお茶に口をつける。ちょっと温い。
「少し温いわ。沸かしなおしても良かったんじゃない。」
「そうみたいなの。お湯を沸かしなおしてくるの。」
 美希が再び席を立とうとした。私はそれをいさめた。美希にこれ以上席を立たれると、本当に事情を聴く時間が無くなってしまう。
「でも、これでちょうどいいわ。あんまり熱すぎると飲めないもの。」
「そう?いいの?」
 美希はおちょぼ口で聞いてくる。
「ええ。大丈夫よ。」
 私は微笑で返した。
 美希もハーブティーに口をつけた。やがてまた、会話が途切れる。せっかく美希を給湯室から引きはがしたのに、結局まだ私は、美希の話を聞けていない。そろそろ、意を決して聞き出さなければ。そのために、仕事を投げ出して、ここに座っているのだ。
作品名:『雨上がりの夜』 作家名:ミスターN