『ともだち』
色々話してみて分かったが、多分この子は悪い子ではないのだ。ただ私とは気が合わない。それだけ。実際、この子には多くの友達がいるようだった。あの子はやはり、私がイメージしたように、クラスの中心にいるような女の子だった。事務所の中でもみんなと仲がいい。私以外のみんなと。
だから、私はますます彼女のことが嫌いになってしまうのだ。嫉妬とかそういうものじゃない。ただただ面倒くさく感じるのだ。そういう、クラスの中心でワイワイやっているような子の相手をするのは。正直、私のことなんて放っておいてくれればいいと思う。だけど、ユニットを組んだ以上、そうもいかない。私も、彼女も。
やがて彼女が500ミリペットボトルのお茶を2本買ってきた。私の隣に座る。
「はい、どうぞ。」
「ありがとうございます。お代は後で払いますから。」
今は財布がない。だから後で払おうとした。
「いいんですよ、これくらい。」
「いえ、そういうわけにはいきません。こういうことはきちっとしておかないと。」
私は頑として譲らなかった。たとえペットボトルのお茶一つとはいえ、この人に対して借りを作っておきたくはなかったのだ。
「じゃあ、後でいただいておきますね。」
天海さんが開栓してお茶に口をつけた。
「ぷはー、やっぱりトレーニングの後のお茶はおいしいですね。」
「あまり一気に飲まない方がいいですよ。お腹の冷えにつながって、声が出せなくなりますからね。」
「さすが、如月さんですね。お茶の飲み方一つに気を遣うんですね。」
あなたはもう少し気を使いなさい、とかそういうことを言おうとも思ったが、止めておいた。無駄に空気を悪くしたくはないし、多分この子には何をアドバイスしても意味がない。
しばらく無言が続いていたが、天海さんが静寂を破った。
「如月さんは、どうして歌手になりたいと思ったんですか。」
「えっ・・・。」
またしても、唐突なことに驚いた。そして少しだけ動揺したがすぐに正気を取り戻した。この手の質問は事務所に入る時から想定していたじゃないか。冷静に答えればそれでいい。それで納得してくれるはずだ、
「歌が・・・好きだから。」
「ふーん。」
天海さんは少し不思議そうな顔をしていた。何なのか。私の顔に何かものでもついているかのようにじろじろ見ている。そして天海さんは尋ねる。
「それだけ?」
また少しドキッとさせられる。
「悪い?」
私は臆することなく跳ね返した。
「もっとないんですか?お金持ちになりたいとか、有名になりたいとか。そういうの。」
「ないです。そんなの。そりゃもちろん、有名になって私の歌をもっと多くの人に聞いてほしいという気持ちはあります。売れるという形で評価されるなら評価されたい。だけど、私にとってお金や名声は別に目的でも何でもないんです。純粋に私の歌を聴いてほしい、それだけなんですよ。天海さんはお金や名声のために、歌を歌っているんですか。」
私は咎めるような口調で天海さんに迫った。
天海さんは、否定した。
「いや、別に私も、お金持ちになりたいとか、有名になりたいからって歌を歌っているんじゃないんです。ただ単に、みんなを笑顔にしたい。私の歌や踊りで、みんなが笑顔になってほしい、だから私はアイドルを目指しているんです。」
なるほどね、表向きの理由としては完璧だ。それを笑顔で言い切るところも、まさに「アイドル」向きなのかもしれない。
天海さんが続ける。
「子供のころ、近所の公園でよく歌っていた女の人がいたんです。その人は、すっごく歌がうまくて、私もその人と一緒によく歌っていたんです。私たちが歌い始めると、周りの子供たちがみんな集まってきて、それでみんなで歌いあうようになって・・・すごく楽しかったなー。」
天海さんが思い出の中で恍惚としていた。
「それで、実はそのお姉さんって、昔、アイドルをやっていたみたいなんです。」
もうオチが見えた。そのお姉さんに憧れて自分もアイドルを目指したというところだろう。
「だから、その人に憧れて、自分もアイドルを目指したっていうんですね?」
「はい。」
別になんということはない。よくできた話だと思う。だけど、少なくとも今の私にはどうでもいいことだった。
「如月さんが、歌手になろうとしたきっかけって何ですか?」
「き・・・きっかけ・・ですか?」
天海さんは目を輝かせる。
「はい!きっかけです。どうして如月さんはこんなにも歌に集中できるのかなって思って。だから歌手になろうとしたきっかけが知りたいんです。」
「そんなの、あなたが知るべきことじゃないわ。」
私は冷たくあしらった。そんなの話したくない。そして・・・話せるわけがない。
「えー、どうしてですか?そんな隠すようなことでもないじゃないですか。」
天海さんは私におちょぼ口でしつこく迫ってきた。
「あなたには関係ないでしょ!」
気づけば立ち上がって、天海さんを怒鳴りつけていた。
いきなりのことで、天海さんは目を丸くして驚いている。自分がしてしまったことに気付いて、天海さんに謝った。
「ごめんなさい・・・。」
天海さんは呆気にとられていたが、すぐに作り笑顔をこさえた。
「いいんですよ・・・。人には言いたくないことの一つや二つありますから・・・。」
優しく笑む彼女の顔が、私には憐れんでいるように感じられた。私はそんな視線に耐え切れず、彼女の顔から目を逸らし、そして踵を返して玄関口へと向かっていく。
「どこに行くんですか?」
「一人にしてください。ちょっと散歩をしてくるだけですから。」
私は吐き捨てるようにそう述べた。
不快だった。天海さんも、自分も。
天海さんのその明るくて、優しくて、お人好しな性格が嫌いだった。話せば話すほど彼女の人の良さが現れるようで、益々嫌いになっていくのだ。両親から愛情を受け、友人から愛され、そして自分も人を愛する。まさにアイドルの鏡のような子。
それに対して私は、みんなから嫌われ、煙たがられ、だれも愛してくれることもなければ誰かを愛するわけでもない。することと言えば、今みたいに、誰かを妬むことだけ。そんな自分も嫌いだった。
3
それから一か月の月日が流れた。
私はあんなド素人の歌唱力しかない天海さんなんかがプロになれるわけがない、プロはそんなに甘い世界じゃない、そしてこのユニットも、到底意味があるものになるとは思えない、そう思っていた。
ところがだ。驚くべきことに、天海さんの歌唱力は日を追うごとによくなっていったのである。
もちろん、まだまだプロというには全然実力が足らない。お客さんに聴かせられるようなレベルには達していない。しかし、完全など素人というわけでもない。一緒に歌って、私がカバーしてあげられるぐらいの実力はついてきたのだと思う。
それは私にとっては歓迎すべきことだ。足手纏いだったのがそうでなくなってくれるのだから、私にとっては単純に喜ぶべきことだった。