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ミスターN
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『ともだち』

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「自分の歌を通じて、相手を楽しませてあげたい。ライブで歌ったら、お客さんを楽しませたいし、CDを録音するなら、それを聞いてくれる人を明るく元気にするような歌を歌いたい。でも、それと同時に、自分自身も楽しみたいんです。自分自身が楽しめなかったら、きっとお客さんにもそれが伝わっちゃって、しらけちゃうって思うんです。」
 私は天海さんのほうを向いて反論した。
「天海さん、それは間違っているわ。自分が楽しめなくちゃ、相手を楽しませられる訳ないというあなたの考えは分からなくもない。だけど、プロの歌手は、歌っているときは常に聴者の気持ちだけを考えなくちゃダメなの。技巧を凝らして、どうすれば、相手の耳に、そして心に残る歌を残せるか。自分が楽しむことなんて、考える余裕なんてないのよ。」
 天海さんも私のほうを振り返る。
「それって辛くないですか?」
「辛い?」
「ええ。如月さん、歌が好きなんですよね?でも、そんなに苦しい思いをして歌い続けてたら、いつか歌嫌いになっちゃいますよ。」
「余計なお世話よ。」
 吐き捨てるようにして言い放ち、私は天海さんから目をそらした。
「でも・・・。」
「私はプロなの。私には歌しかない。好きとか嫌いとか、そんなの関係ない。」
「如月さん・・・。」
「天海さんは自分の心配をしたほうがいいんじゃないですか。あなたは、私に“アドバイス”できるくらい余裕綽々なのかしら。」
 少し厭味ったらしく述べた。そして私は立ち上がり、彼女にサヨナラさえ言わず、駅のほうに向かって歩こうとした。
「如月さん!」
 天海さんが立ちあがって私を呼び止める。
「私、あなたのこと尊敬しているんです!如月さんは、すごく歌が上手だし、日々のトレーニングにも全然ぬかりがない。それに、如月さんの歌への熱意は本当に並々ならないものがある。だから、私、少しでも早く如月さんに追いつこうと、如月さんが教えてくれたトレーニングは全部試しているし、ここでひそかに自主練もやってるんです。」
「そうですか。」
「如月さんに追いつこうと、如月さんの真似をして、如月さんのことずっと見てきて、私・・・、気になっちゃったんです。如月さんって、どうして歌を歌っているんだろうって。」
「なぜ、歌を歌っているか?」
 私は天海さんのほうを振り返った。彼女は大きくうなずいた。
「なんだか、義務感に駆られているような気がするんです。如月さんは、歌を歌いたいから歌っているんじゃなくて、歌を歌わなくちゃいけないから歌っている。歌うことを強いられている、そんな気がするんです。」
「だとしたら、なんだって言うんですか。」
 私はあえて否定しなかった。ここで否定したところで、きっと彼女は追及をやめないだろう。天海さんは、私の秘密に気付き始めている。
「どうして、楽しめないんですか!?」
 天海さんの顔には悲痛な色が浮かんでいる。私には、なぜ彼女が苦悶の表情を浮かべているのかが理解できなかった。
 天海さんと私はただの同僚に過ぎない。そんな同僚のことを、どうしてこんなにも心配しているのだろうか。
 少し考えて理解できた。天海さんは、私が歌をやめてしまうのではないかと心配しているのだ。私が歌をやめてしまえば、ユニットは解散、彼女も歌が歌えなくなってしまう。きっとそれを恐れているのだ。
 私は微笑を浮かべた。
「天海さん、安心してください。私は歌をやめたりはしませんよ。天海さん、あなたは私が歌をやめてしまうって心配しているんですよね。楽しそうじゃないから。でもね、言っておくけど、私はそんなことで歌を辞めたりはしない。私には背負うべきものがありますから。」
 私はそう言い放つと、踵を返して、歩き出そうとした。それを天海さんが引き留めた。
「待って!如月さん!」
「なんですか、いったい。」
 何度も呼び止められた私は、足を止めて不機嫌に振り返った。
「教えてくれませんか。如月さんの『秘密』。」
 秘密・・・。
「いったい何が、如月さんをそんなに苦しめているっていうんですか!?どうして、楽しく歌うことができないんですか!?その理由を教えてほしいんです!」
 そんなこと、ただの同僚に教えられるわけがない。
「私には何も『秘密』なんてありませんよ。悪いけど、もういいかしら。天海さんが私を心配してくれているのはありがたいけど、別にあなたに心配してもらわなくても大丈夫だし、天海さんに迷惑をかけたりはしないから。」
 私は彼女に背を向けると、無視するようにして歩き出した。天海さんが叫んだ。
「歌うって!本当は楽しいんだよ!辛そうにして、苦しそうにして、歌う必要なんてないんだよ!」
 私はそんな彼女の言葉を無視してその場を後にした。心には、もやもやとした感情が残っていた。

 4

 私は歌が好きだった。
 私の弟は、私が歌っている姿が好きだった。弟はいつもねだっていたのだ。
「お姉ちゃん歌って歌って!」
「うん、いいよ!」
 私は気前よく歌っていた。弟にとって、私は「アイドル」そのものだった。私は、「優」だけのアイドルだった。弟はそんな私をとても好んでいたし、私もそんな弟が好きだった。
 弟が死んだ。交通事故だった。
ある夏の昼下がり、私と優は公園で遊んでいた。私がトイレに入っていた間に、弟は車道に飛び出して、トラックに轢かれて死んだのだ。
 私が殺したようなものだ。私がもっとしっかりと優のことを見てあげていれば、こんなことにはならなかったからだ。両親は私を責めた。当然だ。私が悪いのだから。
 私は罪滅ぼしがしたかった。弟を見殺しにしてしまった私の罪を償おうと、私は自分にとって都合のいい贖罪を思いついた。それが歌手になることだった。
 当然、両親は反対した。歌手なんて誰もが成功できる道ではない。むしろ、成功できるのはほんの一握りの人間に過ぎない。だけど私も譲らなかった。優は生前言っていたのだ。
「お姉ちゃんが大きくなったら、歌手になってほしい!お姉ちゃんの歌をみんなに届けてほしい!」
 まだ幼かった私は、そんな弟の無邪気な願いを快く引き受けていたのだった。
 私は弟への償いのため、歌手になることを決意した。それからというもの、私は歌が好きではなくなった。今まで私は、歌を、自分のものとして歌っていた。だけど、歌手を志したあの日からは、もう違う。私の歌は、私の歌声を聞いてくれるみんなのもの、そして天国にいる弟のものになったのだ。私は、歌手になる夢と引き換えに、自分の「歌」を失った。私にとって、それはとても辛い「罰」だった。そして、あの子を見殺しにした私にふさわしい「罰」だった。
 天海さんが私を気遣ってくれているのはわかっていた。だけど私は、天海さんに全てを話すつもりは毛頭なかった。第一そんなことを話す筋合い何てないし、もしそんなことをすれば、私の決意が揺らいでしまうような気がしたからだ。天海さんは、きっと私に翻意を促すはずだ。「歌」を取り戻させようとするはずだ。「歌は楽しい」とかなんとか言って。でもそんなことは許されないし、許しはしない。
作品名:『ともだち』 作家名:ミスターN