『ともだち』
「放っとかない!放っておくなんて無理だよ・・・。」
天海さん・・・。
「隣でずっと苦しんでいる人を、放っておけるわけないじゃない!ずっと一人で苦しんでたんでしょ。親にも、誰にも相談できないから・・・。だから・・・、話してほしいの。いったい何があったのか。」
私は絞り出すようにして声を出した。
「あなたに・・・なにが・・・わか・・るって・・・いうの・・・。」
「わからないよ!わからないよ・・・、如月さんの心の中は・・・。だから、分かち合いたいの!あなたの苦しみを。」
「そんなこと・・・される・・・すじあい・・・ないわ・・・。」
「あるよ!だって・・・私たち・・・一緒に頂点を目指すパートナーでしょ。」
「パートナー・・・」
天海さんは頷いた。
「カタルシスって聞いたことない。一人で抱え込んでる辛いことも、ほかの人に話せば楽になるって。だから・・・話してほしいの。如月さんの口から。」
私はまた俯いた。パートナー・・・か。話したってどうにかなるとは思えない。それに、こんなこと同僚に話していい話題ではない。
でも、話してしまいたい、話して楽になってしまいたい、そんな心の誘惑が私を襲ってくる。
でもやっぱり怖い・・・。自分の心の中をさらけ出すのは。自分の恥部を他人に明かすのは。
「千早ちゃん。」
天海さんが私の手を取って握った。驚いて私は天海さんの方に目をやった。
“千早ちゃん”か。そんな風にして私を呼んでくれたのは、天海さんが初めてだ。
「千早ちゃん。私を、信じて。」
信じる?
「千早ちゃんは、恐れているんだよね。自分の過去を語ること。」
図星だ。私は思わず目を逸らした。
「私・・・千早ちゃんにどんな過去があったとしても、千早ちゃんの味方だから。」
どんなことがあっても?どうしてそんなこと断言できるっていうのよ。
「きっと・・・あなたは・・・わた・・・し・・・に・・げんめつ・・・する・・・から・・・。」
私なんて禄でもない人間だ。何が大事かも分からず、何もかも捨ててしまって、ほっぽりだしてしまった人間。そんな人に関わったって、天海さん、あなたも碌なことになりはしない。
「あまみ・・さん・・・あなたは・・・わたしが・・・いなくても・・・・・・ひとりでも・・・やっていける・・・から・・・だから・・・。」
そう言おうとして、天海さんが遮った。
「そうじゃない。そうじゃないんだよ。これは私の願いでもあるの。私・・・千早ちゃんと・・・一緒に歌いたいの!」
私は天海さんに顔を向けた。
「いっしょに・・・うたう・・・。」
「うん!私気づいたんだよ。一人で歌っているよりも、二人で歌った方が・・・千早ちゃんと一緒に歌っている方が、もっと楽しい。千早ちゃんと一緒に歌って、踊って、レッスンできて・・・だから私、歌のこともっと好きになれるの。だからさ、私、いつまでも待っていられるんだよ。一緒に歌いたいから。」
天海さん・・・。
「・・・勇気を出してほしいの。苦しみを分かち合えたら、きっと、その重さも半分こにできるはずだから。ね?」
半分こね・・・。そんなことできるわけがない。できるわけない・・・できるわけ・・・。
天海さんは、まるで慈母のように優しく微笑んでいた。どんなことがあっても、全て受け止める、そんな決意に満ちているような笑みだった。
もしかしたら本当に・・・この子だったら・・・、私の苦しみを、受け止めてくれるかもしれない。私の苦しみの、たとえ一割でもいい。受け止めてくれるかもしれない。
こんな恥さらしなことはない。だけど、天海さんになら・・・晒してもいい、そんな気がした。
私は少しだけ微笑んだ。そして、心の中の足枷を振り切って、ゆっくりと話し始めた。
「わたしには・・・おとうと・・・いたの。『優』・・・。」
「うん。」
「かわいい・・・かわいいおとうと・・・。」
「うん。」
「すきだった・・・。おとうとのことが・・・。だけど、おとうとは・・・わたしのせいで・・・しんじゃった。」
「千早ちゃんのせい?」
胸が熱くなっていくのを感じる。こみ上げるものがひしひしと湧き出てくるのである。
「こうえんで・・・あそん・・・でいたの・・・。優といっしょに。わたしが・・・トイレに・・・はいって・・・そのときに・・・優が・・・どうろにとびだして・・・。それで・・・。」
「車に・・・轢かれた。」
私は頷いた。気づけば、両目から涙がこぼれていた。
「りょうしんは・・・わたしを・・・せめた・・・。おまえのせい・・・おまえのせいで・・・おとうとは・・・優は・・・しんだ・・・。」
「うん。」
「なにもはんろん・・・できなかった・・・。わたしのせいで・・・おとうとは・・・しんだの・・・。」
天海さんは小さくうなずいていた。
「それから・・・じごくのような・・・ひび・・・ちちも・・・ははも・・・まいにちのようにけんかして・・・怖かった・・・。おまえが・・・優を・・・殺したんだ・・・。そんなふうに・・・いわれた・・・。」
「うん・・・。」
「わたしは・・・弱かったから・・・うたに・・・にげたの。わたしが・・・すきだった・・・うたに・・・。」
「うん・・・。」
「おとうとは・・・優は・・・わたしのことがすきだった・・・。わたしがうたっている・・・ところ・・・おとうとのゆめだった・・・わたしが・・・かしゅになる・・・。かしゅになって・・・優に・・・とくとうせきを・・・あげるんだって・・・。」
「うん・・・。」
「でも・・・もう・・・そんなことは・・・できないっ・・・。わたしがっ・・・殺したっ・・・優のことをっ・・・公園なんか・・・いかなければよかったっ・・・そうすればっ・・・あの子は・・・優はっ!・・・わたしのせいでっ」
私はボロボロと涙をこぼしていた。すると突然天海さんが私のことを抱きしめてきた。抱き寄せて、背中をさすっている。
「分かった。わかったよ、千早ちゃん。そっか・・・。千早ちゃんは、弟さんのために歌っていたんだね。天国にいる弟さんのために。」
「わたしの・・・罪ほろぼし・・・だから。」
天海さんは耳元で囁いた。
「誰も悪くない。不幸な事故だったんだよ。ご両親だって本当はわかっていたはず。わかっていて、それでも千早ちゃんのせいにしていたんだよ。そうしないと・・・心がもたなかったから、きっとそう。」
しばらくして天海さんが続けた。
「ありがとう、話してくれて。千早ちゃんが歌手になること、それって弟さんの夢だったんだね。でも弟さんは、『歌手になること』それだけを千早ちゃんに望んでいたのかな。」
「えっ・・・どういうこと?」
「私思うんだ。優くんが千早ちゃんに歌手になってほしかったのは、そうすれば千早ちゃんが幸せになれるって思ったからなんじゃないかな。」
「わたしの・・・しあわせ・・・。」
「うん。千早ちゃんは、歌うことが好きだった。だって、歌うって楽しいじゃない。だから、弟さんは、千早ちゃんに歌手になってほしいって思ったんじゃないかな。もっと沢山歌を歌えるようにって。」
「うたうことが・・・楽しい・・・。」
天海さんが私から離れて、両肩を揺さぶった。