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DEFORMER 9 ――オモイコミ編

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 私を好きだと言ったのは……、あれは……。
 あの時の顔を、涙を思い出すと、きゅう、と胸のあたりが苦しくなる。
 老犬ゆえに、こんなことに……なるのだろう……。
(…………わかっている)
 わかっているのだ。
 グズグズと言い訳を並べ立て、必死になって大事なことから目を背けようとしていると、私はどこかで理解している。だが、こんな感情、直視するに値しないと思い込みたい……。
(ま、まあ、凛の我が儘にしばらく付き合ってやるか。どのみち、私にはどうすることもできないことなのだから……)
 こんな犬の姿では、家事も何も、人語を操ることすらできない。ただ、じっとして見ていることしかできないのだ。
 朝食を配膳し、きりきりと動き回る衛宮士郎の姿を目だけで追う。
(苦痛だな……)
 見ているだけというのは、とてもじゃないがストレスが溜まる。
 しかも、衛宮士郎が食事を作ったり、家事をするところを見ていなければならないのだから、気が滅入る。未熟者に手も口も出せないのは、おそらく、苦行と変わらない。
(は……)
 ため息をついたつもりが、がふ、とおかしな息が漏れた。
「だ、大丈夫なのかっ? 昨日から、ごはん食べないし……」
 衛宮士郎が心配そうに私の顔を覗き込む。
「遠坂、病気かな? 座布団、敷けばいいか? 毛布とかの方がいいのか?」
「大丈夫よ、そんなに心配しなくても。おじいちゃんだから、ちょっと噎せたりするのよ。食欲だって、すぐに戻るわ」
 二人の会話を聞きながら、イライラと不満を募らせる。食欲など戻るわけがない。凛め、私にドッグフードを食えというのか。
 にんまり、と私を見る凛を恨めしく見上げても、文句すら言えない。
「そ、そうか……、それなら、いいけど……」
 衛宮士郎が、ほっとした顔で私の頭と耳の下あたりを撫でてくる。
 ぞわり、と胴が震える。
(なんだ、これは……)
 胸がドクドクと脈打つ。犬の脈の通常値など知らないが、少し早いのではないかと思う。これは胸の高鳴……っ……。
(高鳴っているだと? 何を……、私は、犬の身だぞ? 何をおかしなことを考えている)
 士郎の冷たい手を感じた。
(この手の血の巡りが悪いことがわかっているというのに……)
 この姿では、その手を握って、温めてやることもできない。
(いや……、温めるなど、私がそんなことをする必要は……)
 労わりが感じられる。優しい手が胸に迫る。
(こんな犬の身体ではなく、私は自身の身体で……)
 いや、私は何を考えているのか。
(腑に落ちない……)
 納得がいかないことが多すぎて腹立たしい。
(だが、私は……)
 見上げた琥珀色の瞳は、少し翳って見えて、それがなぜか、落ち着かなさを助長させる。
(衛宮士郎……)
 その名を呼べないことが、もどかしいなどと思う。
(そんな馬鹿なことが……)
 あるはずがないと言い切れないところが、情けなかった。


「麦茶しかないけど、いいよな?」
「ああ。……衛宮、誰もいないのか?」
「ああ、うん。遠坂もセイバーも学校でさ。二学期ももうすぐだし、忙しいみたいだ」
「そ、そうか」
 聞き覚えのある声を拾い、顔を上げた。
 出掛けていた衛宮士郎が帰宅したようだ。障子の向こうはもう薄暗くなっている。
(こんな時間まで……)
 苛立ちながら、時計に目を向けて時間を確認した。もう六時半を過ぎている。どこをほっつき歩いていたのか。買い物ならば、もっと明るいうちに済ませて帰ってこい、未熟者。
 イライラとしながら話し声とともに居間に入ってきた者に鼓動が乱れる。
 柳洞寺の次男坊が居間に現れたことに、なぜ私は動揺などしているのか?
 昼食もそこそこに出掛けていった衛宮士郎は、柳洞寺の次男坊と会っていた……、ということなのか?
 凛の言葉が、何度も頭をよぎる。
 誰かに縋るのか、誰かを頼りにするのか……。
 まさか、こんなに早くか?
 なせだ?
 私がこの犬の身体になってから、いや、衛宮士郎にとっては私が消えてから、まだ、一日しか経っていないのだぞ?
 早すぎやしないか?
 そんなものなのか?
 お前は、やはり傍にいてくれるのであれば、誰でもいいのか?
(な、何を、私は……)
 まるで、嫉妬しているようだ。馬鹿馬鹿しい。なぜ嫉妬など……。
 だが、衛宮士郎が今まで一緒にいた相手が、過去の友人だ、などということは関係なく、やたらと苛立ちが募る。
 こんな身勝手な苛立ちをどうすることもできずに唸れば、衛宮士郎が私を宥める。友達なんだと、だから警戒しなくていいと的外れなことを言って。
 そんなことは知っている。私の過去においても友人であった者だ。
 だが、今は違う。
 あきらかに、衛宮士郎、お前を女として見ている。女性が苦手だったはずの柳洞寺の次男坊が、お前に……。
 腹立たしいというのに宥められて、身体を撫でられ、私をないがしろにしないことに気を良くして、その脚に顎を載せた。文句を言うでもなく、跳ね除けるでもなく、私の身体を撫で続ける冷たい手に、悪い気はしない。
「迷い犬でも保護しているのか?」
「遠坂の知り合いの犬でさ。飼い主さんが旅行中らしくて、うちで預かってるんだ」
「体調が悪いのか? ずいぶんと身体が重そうに見えるが?」
「ああ、おじいちゃんなんだ。昨日からエサも食べなくなってさ……」
「暑いからな。毛皮を着ているのと同じ状態の犬には辛い季節だろう。なに、もう少し耐えれば過ごしやすくなる」
「ああ」
 友人同士の他愛のない会話。少したどたどしいが、穏やかな空気。
 目だけを上げて、じっと二人を見る。
 身構えることもない衛宮士郎の姿に、呆然とした。そんなふうに話すことができるのか、と衝撃を受けた。
 衛宮士郎は、私といる時と大差ない感じで、私ではない者と過ごしている。
 なぜ、そんなことができる?
 なぜ、お前は、昨日の今日で、私のことなどすっかり忘れたように……。
 どうしようもなく不機嫌になる。
(な、何を不貞腐れることがある。わかっていたことだ。私を引き留めない衛宮士郎には、何も期待などできないと……)
 胸苦しさにため息をつきたいが、おかしな音が出て、また衛宮士郎を気遣わせるのが忍びない。
(私は何を望んでいたのだろうか)
 衛宮士郎のどんな言葉を待っていたというのだろう……。
 もう何もかもがあやふやで、不確かで、自身の想いも、トーリの想いも、衛宮士郎の想いも、何がなんだかわからない。
 所詮、守護者などというものは、正義の味方の概念であって、私の想いが反映されるものでもない。
 私の想いなどというものは、とっくの昔に擦りきれていた。
 胸の熱さを取り戻したと勘違いしたのは、トーリの想いだ。私のものではない。
 そう、私には想いなど、不用かつ、あるべきではないもの。
 こんなところで、誰かの気持ちや想いに、一喜一憂する必要などない。
(さっさと座に還らなければ……。私が決定的なダメージを被る前に、早く座へ……)
 思いながら、また気づく。
 決定的なダメージ?
 それはなんだ?
 それは、衛宮士郎からもたらされるものなのか?
(なんだというのか……っ)
 なぜ、犬の身だ!
 なぜ、話もできない犬なのだ!