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DEFORMER 9 ――オモイコミ編

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 俺にはこういう感情はもう、湧いてこないと思う。
 触れたいとか、抱き合いたいとか、そんなことを思う誰かに出会うことはないだろう。
 我ながら、未練がましい。
 アーチャーを引き留めなかった時点で、もう、きれいさっぱり忘れてしまうつもりだった。
 そうできると思っていた。だけど、アーチャーが消えて、日が経つにつれて、寂しさが募るばかりだ。
(今さらどうしようもないっていうのにな……)
 座に戻ったアーチャーは、もう俺のことなんか忘れただろう。
 記録として整理されて、たくさんの記録のなかに埋もれて……。
(俺だけが、忘れられない……)
 蝉の声が聞こえはじめた。
 日中、暑さでなりを潜めていた蝉たちが、足掻くように鳴きはじめる。
 せわしない蝉の声とともに、思い出したように洗濯物をたたみはじめた。
 沈めてしまおうと思う。この、灰汁のように沸き上がったままの気持ちを。
 どうにかして、なんとかして、アーチャーへの想いを心の奥底深くに追いやる。そうして、蓋をしてしまおう。二度と浮上しないように……。
 洗濯物をたたみ終え、立ち上がると、クロスケが顔を上げた。
「これ、片付けてくるだけだって」
 クロスケは、のそり、と立ち上がった。
「クロスケ?」
 ついてこようとしている。ヨタヨタとおぼつかない足取りで。仕方がないからクロスケに合わせてゆっくりと歩く。
 俺の部屋と、洗面所、それから、別棟の洋室へ……、クロスケと家の中を巡った。
 クロスケと一緒に居間に入って、水とおやつをちぎって差し出したけど、やっぱり食べない。水は舌を湿らせる程度だ。
「ほんとにお前、大丈夫なのか?」
 前足の上に顎を載せ、俺を見上げるクロスケは、なんだか、放っておけって言ってるみたいだ。
 どうしようか、と気を揉んでも、俺にはどうすることもできない。
 アーチャーの時とおんなじだ。
 俺は何もできなかった。
 魔力供給を拒まれた俺には、どうしようもなかった。魔力を十分に流すことができず、アーチャーをみすみす座に還してしまった。
「……な、何か、あったら、鳴くんだぞ?」
 言い置いて、台所に入った。晩ご飯の準備をしながら、俺は自分で選んだ道を、ひとりで歩む未来を噛みしめていた。


「……っ、ぅ…………」
嫌な夢を見る。あの、身体と心の痛みを思い知る夢。
 横になって、背を丸めて、冷たい手を握り込む。
 温まることのない俺の手は、きっと、ずっと、このままだ。嫌な夢も、ずっと見続けることになるんだろう。
 不意に、なんだか温かいものに背中を押されて瞼を上げた。
「ん……?」
 振り返ると、俺を見下ろすクロスケがいる。
「クロ……スケ? また、来た、のか?」
 寝返ると、クロスケは布団の上にぺたりと寝そべった。
「すっかり、お前の寝床だな……」
 そっと首のあたりを撫でてやると、クロスケは瞼をおろし、そのまま眠るつもりのようだ。
「…………助かるよ」
 温かいものに触れていれば俺の手は温もりを思い出す。
 アーチャーにいつもあっためられていた俺の手は、クロスケのおかげで通常の動きができるみたいだ。アーチャーが聞いたら怒りそうだな、犬と一緒にするなって。
(もう二度と、そんな声とか、聞けないけどな……)
 ぐずぐずと泣いてしまいそうになって、かたく目を閉じた。
 思い出さないようにしなければいけない。
 もう、アーチャーはどこにもいないんだから。



***

 衛宮士郎は、問題なく日々を過ごしているように見える。
 早起きをして、朝食前に道場で筋トレをし、居候や食客の分も合わせて朝食を作り、洗濯をし、掃除をし、買い物に行き、課題をし……。
 いたって普通だ。ただ、ロクに動けないこの身では、家の中で、たどたどしく後をついてまわることしかできない上、私の視界に入った限りということにはなるのだが、何かおかしな行動を取っていたりなどは、全く見受けられない。
 凛は、衛宮士郎の想いを噛みしめろと言ったが、存外普通に過ごしている。何も憂慮すべき状態でもない。
 それがわかって、やけに不機嫌になってしまうのは、なぜだ……。
(何を、私は……)
 泣いて過ごしてほしいとでも思っていたのか?
(馬鹿な……)
 私がロンドンから戻ってからのこいつは、恋人だと言い、好きだと言った私とは、手のひらを返したように関わらないように過ごしていた。
 私がいなくなったところで、こいつに大きな変化が起こるわけがない。
(凛はいったい何を考えているのか……)
 かふ……。
 また、おかしな息が漏れる。
「大丈夫か?」
 そっと首筋を撫でてくる手は冷たい。
 無理やり身体を変えられて、血の巡りの悪くなったこいつの手足はいつも冷たくて、私が事あるごとに温めて……。
 無性にイラついてきて、触れる手に牙を剥いた。
「あ、ごめん」
 歯が当たったというのに、こいつは怒るどころか、手を引いて謝った。
 琥珀色の瞳が私を、いや、この犬を見つめている。
「布団には入ってくるのに、触られるのは、あんまり好きじゃないんだな」
 少し目尻を下げて微笑んだようだが、それが、なぜか寂しげに見えて、胸が、きゅう、と締めつけられるような気がした。
 この感覚は、身体云々のことではないと思う。
(ありえない……)
 なぜ、私はこいつの表情一つに動揺しているのか。
「飼い主さんがいなくて、寂しいか?」
 ずきり、ずきり、と鼓動とともに胸が痛むような気がする。絶対に気のせいだ。
「そうだよな……、寂しいよな……」
 ぽつり、と呟いた声が掠れている。
 私が牙を剥いたために、触れるのをやめた衛宮士郎は、ふとカレンダーを見遣って立ち上がった。
「忘れてた。今週、古紙の回収だった。まとめておかないと……」
 言いながら居間を出ていく姿を見送り、前足の上に顎を落とす。
 気温の上がる日中は蝉も木陰で休んでいるのだろう、なんの音も聞こえない、このかつての我が家は静まり返っている。
 その中で、たった一つの足音が耳に届く。
 屋敷の中を廻って、衛宮士郎は、居間の隅に新聞紙や雑誌などを集めてきて、ビニール紐で縛っているようだ。
 そちらを見る気もせずに寝そべっていたが、先ほどから衛宮士郎に動きがないことに気づいた。
 山のように溜め込んだわけでもない古紙を縛るのにどれだけ時間を要するのかと思って見遣ると、何やら、チラシのような紙の束を一心に見つめている。
(気になることでも載っているのか?)
 少々興味を引かれて、重い身体を起こし、衛宮士郎の背後から、その手元を垣間見た。
(あ……)
 日帰り旅行や一泊旅行のチラシやパンフレット。
 夏休みに、みなでどこかへ行こう、と集めていたものだ。
 結局、私がロンドンに行き、そのままこんな状態のために、どこにも行く予定も立てないまま……。
 カレンダーを見る。
 盆休みも終わり、もう八月は半ばを過ぎた。
(どこにも行かず――)
 ぐしゃ、という音に顔を向ける。衛宮士郎の拳がチラシを握りしめていた。
「…………っ……」
 細い肩が震えている。
 がつん、と頭を殴られた気がした。気づいたことが、あまりにも周回遅れで、呆れるのを通りすぎて笑えてしまう。だが……、