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DEFORMER 9 ――オモイコミ編

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(痛い……)
 なぜ、痛い?
 何が、痛い?
 どこが、痛い……?
 胸が、締めつけられるように痛み、かきむしられるように灼ける。
(私は……)
 この気持ちは、トーリという魔術師のものだろう?
 私のものではない。
(だが、抱きしめたい……)
 私は、こいつを、この衛宮士郎を、今、抱きしめたい。
 バサッ、バサッと慌ただしく古紙をまとめて縛った衛宮士郎は、居間を出ていった。軽い足音が遠ざかる。
(私は……)
 身体の向きを変え、のし、と足を踏み出す。思うように動かない、重い身体を引きずるようにしてあとを追う。
(士郎……)
 私は、何をしているのだ。
 何も見えていなかった。何も見ようとしていなかった。
(士郎は、私のことなど、たいして気にも留めていないと……)
 あれが、取り繕われた士郎の思いやりだと、なぜ、私は気づかなかったのか。
 私がロンドンに行かせてくれと言ったから、士郎は止めもせずに送り出してくれたのだと、なぜ気づかない。
 私が譲らない気持ちだとわかっていたから、士郎は何も言わずに承諾したのだと、どうしてわからなかった。
(士郎……)
 本当は、どんな気持ちでいた?
 私がロンドンにいる間、お前は、何を思い、何を考えて過ごしていた?
 想像しただけで、冷たい汗が出る。
 士郎が自身の身体に引け目を感じて思い詰めてしまうことを、私は知っていたはずだ。こんな身体で、と何度も謝っていた。それでも、傍にいてほしいのだと、私のことが好きなのだと、涙をこぼして……。
 だというのに、いったい、私は何をしているのか。
 あのおぞましい肉体が多少の感情を残していたとしても、それは、意思のない肉を動かすような原動力になるはずがない。
 でなければ、元を同じにする士郎を抱きたいなど、いくら女の身体になったからといって、そんな無茶をしようなどと、私が思いつくはずがない。
 私は、なぜ自身の感情から目を背けたのか。
 なぜ、肉に引きずられたなどと思い込もうとしたのか。
 ただ、その肉に想いが残っているのなら、と、そんな考えに至ってしまい、確かめようとしたのだ、私自身の想いを。
 だが、士郎を傷つけてまで、そんな検証をする必要があったのか?
 士郎は、身も心も、それこそズタズタにされたのだぞ?
 それを私は、さらに串刺しにしたようなものだ。
 己に吐き気がするほど苛立つ。
 のそのそと、遅々として進まない足で士郎の部屋の前に至る。障子は開け放たれていた。
 士郎は部屋の奥の机の前にいるが、課題に勤しんでいる様子ではない。
 わふっ。
 私の出す音に、振り返った士郎は、驚いている。
「どうした? 何か……、喉が渇いた、とかか?」
 ヨタつきながら士郎の許へと近づく。
「クロスケ?」
 この犬の名を呼ぶ。
 違う、と言ったつもりが、かふ、と息が漏れるだけだ。
 士郎の傍らに辿り着いて伏せた。身体が限界を訴えている。少し休憩だ。
「どうしたんだよ、いつもこの時間は寝てるだけなのに?」
 冷たい手で頭を撫でられる。士郎の腿に顎を載せれば、その手に持っていた物が見えた。
 白いハマグリの貝殻。
 海で拾って、中身は砂だけだった、あの、貝殻。
 初めて一緒に行ったところなのに思い出にもならなかったと、残念がっていた……。
 がふ。
 その貝殻に、気づけとばかりに、鼻を擦りつける。私がここにいるのだと気づいてほしい。
「これ? なんか、臭うか? きれいに洗ったんだけどな」
 犬の嗅覚ってすごいからな、と士郎は笑っている。表面上だけだが。
 早く気づけ、と口の先で咥えると、慌てて士郎は私の口を無理に開けて貝殻を奪った。
「これは、ダメだ。おもちゃじゃない」
 貝殻を机の上に置いて、私を脚から退けて、士郎は硬い声で言った。
 ムッとする。
 拒絶するように払い除けられたことに苛立つ。知らず、唸っていたようだ。
「ダメなものは、ダメだ。おもちゃなら、他のを用意してやるから、」
 立ち上がり、机に置かれた貝殻に前足を載せた。
「ダメだって、言ってるだろ!」
 貝殻を持って立ち上がった士郎を見上げる。
「もう、これしかないから……、ダメなんだよ……」
 滲んだ琥珀に驚きながら、胸の痛みに唸る。
「アーチャーとの、思い出なんだ……、他に、なんにも、ないから……」
 その場にしゃがみ込んだ士郎は膝に顔を埋めてしまった。
「恋人だったんだ……、いや、違う、俺だけが、好きだった。アーチャーの気持ちは、違ったんだって……、だから、恋人なんかじゃなかった……」
 呆然と、小さく身体を丸めた士郎を見ていることしかできない。
「俺だけが……恋人だって、思ってた……、バカみたいな話だけど……好きで……」
 違う……、愚か者は私だ。
「好きだったんだよ……、あいつも、そうだと思ってたのに、違ったんだ……」
 私は、本当に、何をしているのか……。
 今、この犬の身で、この溢れる想いをどう説明するのか。
 肉体など、関係がなかった。
 本当に肉体に感情が関係するのなら、今、私が抱く想いは、犬の想いか?
 そんな、馬鹿な……。
 飼い主でもない、つい先だって預けられた先の、餌をもらうだけの者を、愛しいと思うか?
 愚かすぎて、吐き気がする。
 その名を呼びたくて、がふ、かふ、と声にならない息を漏らす。
 近づこうと思うのに、身体が重い。
 老犬では抱きしめることもできない。
(士郎……)
 何度呼んでも、間の抜けた音が鳴るだけだ。
(士郎、士郎……)
 お前を抱きしめたい。
 たくさん傷つけてしまったお前を、まだ許されるのなら、私は……、
「士郎!」
 うまく声にできたと思った。
 びく、と士郎の肩が揺れる。
「え……?」
 顔を上げた士郎が私を見ている。琥珀色の瞳が涙で滲んでいる。
「違ってなどいない」
 驚きに見開かれた目尻から雫がこぼれ落ちた。
「違っていない、私は、お前が好きだ」
「え? え……? な……、ちょっ……」
 まともな言葉も発せず、士郎は尻餅をついて、後退った。まるで幽霊にでも遭遇したようだ。
 膝をつき、士郎のすぐ前の畳に手をつく。
「……でも、あの、肉体の、持ち主の、」
 混乱している様子の士郎は、呆然と口を開いた。
「今、あの肉体はない。私は、今、私自身の想いを持ってここにいる」
「なん……で……」
 何から説明すればいいだろうか。凛にそこの老犬に移し替えられて、士郎の気持ちを思い知れと言われて……。
「消えたん、じゃ……」
「まだ、消えていない。魔力は減っているが、現界できている」
「な……に、が……」
 士郎は軽くパニックを起こしているようで、身動きを取れないでいる。
「ここにある刻印を確かめてみろ、まだ残っているはずだ」
 いまだ男であった癖は抜けず、股を開いたまま尻餅をつく下腹部に触れれば、
「あ……そう、だったな……」
 失念していたのか、あの印を……。
 少々呆れていると、士郎はジーンズの前をくつろげ、下着をずらして確認した。
「ほ、ほんとだ……っ」
「っ……お前な……」
 いきなり、そんなところを晒すな……。
 いや、まあ、手っ取り早いか。
「説明はあとだ。安全のために、供給をしておこう」