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DEFORMER 10 ――オモイシル編

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 遠坂にはアーチャーの魔力補填料を現金という形で支払っている。今回の分は原因がセイバーだからサービスだって主張することもできるけど、元々は俺たちの問題なんだ、セイバーがちょっと暴走したからって、踏み倒すわけにはいかない。
「ちゃんと、答えを出すから」
 真っ直ぐに遠坂を見つめると、
「せいぜい、頑張りなさい」
 上から目線で言われた。


 俺の部屋に敷いた布団でアーチャーは眠っている。
 遠坂は、夜には目が覚めるだろうって言ったけど、まだ目を覚まさない。
「傷、まだ痛むんだろうか?」
 そっとセイバーに斬られた箇所に触れてみる。もう血も付いていない。傷なんかどこにも見当たらない。
「アーチャーは、まだ……」
 俺のことを好きだって言ってくれるだろうか?
 クロスケから抜けて出て、俺のことを好きだって言ってくれた。だけど、あれからもう一週間以上、まともに話もできていない。
 アーチャーが消えそうになった橋の向こうから家に戻った後、遠坂との取り決めを説明して、アーチャーには一応、了解を取った。
 自分には何を言う権利もない、とアーチャーは今の状況を受け入れている。
 こんな状態は早く解消しないと、って思うのに、俺はまだ答えを出せずにいる。
 そんな状況だからか、アーチャーは、俺には触れてこない、というか、近寄らない。
 それに、あの時、俺がキスを拒んだから、アーチャーは俺に気を遣っている。
 今日、久しぶりにアーチャーを抱きしめた。アーチャーの意識はなかったけど……。
 息をしているのかも疑いたくなるような静かな呼吸は、耳を寄せないとその確かさがわからない。厚い胸板が上下しているから呼吸はしているとわかる。
 指先で頬に触れてみた。ぴくりとも動かない。頬も睫毛も瞼も……。
 目を閉じたままのアーチャーは、あのミュージアムに運ばれてきたガラスケースの中にいた時と同じに見える。概念武装のままだし、余計に思い出す。
 あの時俺は、いや、ヤシロは綺麗だと思っていた。
 立派な体躯の英霊が目の前にいるって、ヤシロの鼓動は跳ね回っていた。
 今も俺の中身は変わらない。ヤシロとなんにも変わっていない。眠っている姿にさえ俺の心臓は駆け足になる。
「アーチャー……っ……」
 なんでだろうか、涙なんかが出てくる。
 そーっとアーチャーの側から後退り、縁側へ出た。
 俺の嗚咽は虫の声に紛れていく。
 好きなんだと自覚した。
 いや、以前からそんなことはわかっていた。
 アーチャーが好きで、欲しくて堪らないんだって、俺はどうしようもないくらいに……。
「これが……」
 答えなんだろうか?
 間違ってはいないんだろうか?
 アーチャーに触れられないことが、ひどく苦しい。
(もしかしたら、アーチャーはもう俺には……?)
 そんな考えに至ってしまって、ますます苦しい。
 やっぱり俺の思考はネガティブな方へと向かってしまう。
「間違いじゃないのか? 誰か教えてくれよ……」
 俺の想いは間違いなんかじゃないって、誰でもいいから肯定してもらいたかった。



***

 瞼を上げると、遠ざかっていく気配を感じる。のろのろと四つ這いで逃げていく。
「…………」
 士郎が縁側へと向かっているようだ。
 なぜ、そんな格好で?
 それに、なぜ、私はいまだに現界しているのか?
 脇腹にあった傷の痛みを感じない。
(セイバーが、治癒を施したのだろうか?)
 いや、それはないか。彼女は私を消す気だった。
 では、誰が?
 士郎か、凛か、だが、士郎に治癒の魔術などできるわけがない。おのずと答えは出る。凛に命じられたセイバーが傷を塞いで治癒を施した、そういうことだろう。
(ここは、士郎の部屋……)
 入ることすらできなかったこの部屋に、士郎の布団に私は仰臥しているようだ。
 僅かに首を傾けて、縁側へ出て行った士郎に目を向ける。ここからは背中しか見えない。
 細い肩が震えている。
(私がまた……、士郎を泣かせているのか……)
 泣くな、と抱きしめたい。
 だが、身体は動かなかった。セイバーの傷の影響なのかはわからない。ただ、腕はどうにか動いたから伸ばしてみた、士郎の方へ。
 届かない手を何度も握って、引き寄せたい衝動が空回りする。
 士郎は骨の欠片でもいいからと、蒸発していく肉塊に手を伸ばしたのだという。
 あの時、障子に隠れて、ああやって泣いていたのだろうか。
 私は欠片も気づかなかった。
 士郎の想いから目を背けていた。
 私の想いが肉体に引きずられているものだと思い込んでいたから、士郎の真っ直ぐな想いを受け取ることが罪な気がして……。
 どれほどに傷ついただろう。
 たくさん泣いたのだろうか。
 悪夢にうなされ、呼吸を詰めて、私への想いを消化しきれぬままに、冷えた手足を引き寄せて、身体を丸めて……。
 いくつ、そんな夜を過ごしていた?
 お前は、恨み言一つ言わず、私をただ黙って見送って……。自身が傷つくことなど知らないとばかりに、いまだにお前は、ひとりで堪えるだけなのか……。
(もう、いい……)
 お前が傷つくだけだというのなら、私は座に戻ろう。
 いずれ、私のことも忘れ、伴侶となる者と出会うかもしれない。
(一生を添い遂げようと思う誰かと、穏やかに笑っていられるような……)
 そうであればいい、と思わなければならない。
 だというのに私は、やめてくれ、と思っている。私を選んでくれ、と言いたい。
 だが、口が裂けても言ってはならない言葉だ。
 士郎の出す答えに逆らうつもりはない。士郎が座に還れと言うのなら、従う。
(……嫌だ。そんなことは……嫌だ……)
 本当は、嫌だ。
 絶対に、嫌だ。
 だが、許されざる私は、従うしかないのだろう……。
(士郎……)
 未練がましく想っても、後の祭りだ。
 こんなに大きな後悔を抱いたまま英霊を続けることになるのだと思うと、恐ろしくて奥歯が震えてしまった。


 穂群原学園の二学期が始まり、学食の仕事が再開し、毎日学園に向かうものの、士郎の姿を見かけることはほとんどなくなった。
 士郎は学食で昼食を取らず、購買でパンなどを買って済ませているようだ。
(潮時かもしれんな……)
 私がここにいる意味は、もうない。
 士郎の答えは出たのだろうか?
 ならば、早く伝えてほしいものだ。
 いきなりここを辞めるのも気が引ける。あらかじめ伝えておかなければ迷惑がかかる。せめて、次の採用者に目星がつくまでは、とは思うが、そうそう私の一存でどうこうできる案件でもない。
(辞めることになると、言っておいた方がいいかもしれないな……)
 学食の職員たちに迷惑をかけるわけにはいかない。ほんの数か月だったが世話にはなった。
(はじめは、おばちゃんたちのパワーに圧倒されていたが、な……)
 手も口も休むことなく、明るく仕事をするおばちゃんたちは、我々のことを知ると、お似合いだ、と言って、学校が何を言っても応援してやる、と宣言してくれた。
 士郎を見かけて、可愛いけどなんだか危なっかしいから、大事にしてやりなさい、と忠告までしてくれる人もいた。
 振り返ってみると、様々なことが思い起こされる。