DEFORMER 10 ――オモイシル編
「答えは出たの? その上での契約解除なの?」
もごもごと口を動かすだけで、きちんとした返答ができない。
「士郎? きちんと説明して。でなければ、教えられないわよ」
「答えは……、その……」
口ごもる俺に、
「何かあったの?」
遠坂は、何か察したようだ。
「あったのね」
決めつけられた。そりゃ、あったにはあったんだけど、なんで、こうもすぐにバレるんだ……。
「契約を……、解除してやる」
拳を握りしめて唸るようにこぼした。
「うん、それはわかったから、理由があるんでしょ?」
「……タサカさんに渡すくらいなら、座に還す」
もう取り繕うこともできなくて白状すれば、遠坂は呆れた顔をするもんだから、俯いてしまう。
「あんたの気持ちは、どうなったのよ……」
「タサカさんに取られるくらいなら、座に還してやる」
同じようなことを繰り返した。俺の気持ちは、それしかない。
「……それ、本気なの?」
「本気だ」
「今すぐに?」
「今すぐだ」
「ここにアーチャーを呼びつけて?」
「ああ、すぐにでも」
「だったら、教えない」
「遠坂ッ!」
「勝手は許さないって言ったでしょ。今すぐ、ですって? そんなの許されない。あんたは説明するべきよ、契約を解除するっていう理由をアーチャーに」
「そ、そんなこと……」
「できないって言うの? だったら、偉そうにアーチャーの身の振り方をどうこうする資格なんてないわよ」
遠坂の言うことはもっともだと思う。俺の一存で英霊なんてものを、いや、そういうことじゃなくて、もう生きてるわけじゃないにしても、ちゃんとした人格や感情をもつアーチャーを勝手に契約だの、契約解除だのしていいものじゃない。
「…………わかったよ。説明……すれば、いいんだろ……」
「ええ。アーチャーがあんたの理由に納得したと言えば、すぐにでも解除方法を教えるわよ」
「……了解」
アーチャーの気持ちはもう冷めてる。タサカさんとうまくいきそうなんだから。
(俺が今さらこんなことを言ったら、鼻で笑うだろうな……)
契約解除の理由がそれかって、きっと、くだらないって。
(俺を斬り伏せようとした時みたいに、アーチャーはきっと……)
こんなことを言わなきゃならないなんて、最後の最後までいたたまれないな……。
思えば、記憶を取り戻した時もこんなだった。
いたたまれなくて、居心地が悪くて、だけど、アーチャーを好きだと思う気持ちばかりはどうすることもできなくて……。
「じゃ、行きましょうか」
「え?」
「説明するんでしょ?」
「い、今から?」
「早い方がいいんでしょ?」
「あ、う、うん、そう、だけど……」
心の準備ってものが……。
遠坂は俺のことなんかおかまいなしに、居間へと向かう。
仕方なく俺も後に続いた。
***
「ねー、お兄さん」
士郎のクラスメイト、確か、タサカ、とかいう……。
また私に言い寄ってくる。
士郎のあの宣言以来、私には近寄ってこなくなったのだが、このところ私が一人で帰っていることを知ったようだ。
「帰りにさー、遊びに行こうよー」
「お断りだ」
しつこく食い下がる少女に苛立ちが募る。テーブルを拭きながら気を紛らせようとするも、声が刺々しくなっていくのを止められない。
「別れたんでしょ? 衛宮さんと」
別れた?
そういうことになるのか?
ああ、そうだろうな、もう恋人とは呼べない。
私は何を憤ることがあるのか。何もかも、すべて私が壊したというのに。
「ねえ、お兄さん、慰めてあげよっか?」
頬に無遠慮に触れた手には気づいていたが、士郎と別れた、という事実に私は衝撃を受けてしまって身動きが取れない。
「絶対、私の方が、気持ちぃよ?」
目の前に、薄くだが化粧を施した肌が迫る。その化粧品の微かな匂いが鼻につく。おそらく眉間には深い縦ジワが刻まれているはずだ。
「ねえ……」
ぱし、と少女の手を払い除けた。
「いい加減にしろ。そんなにヤりたければ、飢えた同級生とでもヤっておけ」
「な、」
「フン、ガキが調子に乗るな。可哀想なので言わないでおいたが、お前では微塵も勃たない」
「な、何よ! 衛宮さんだって、私とおんなじガキでしょ!」
「全く違う。一緒にするな」
少女を相手に、何を本気で言い返しているのやら……。
ギャンギャンと吠えたてる小型犬のように、少女は顔を真っ赤にして喚いている。
「時間外もたいがいにしたいのでな、文句なら彼氏にでも聞いてもらえ。まあ、いれば、の話だがな」
まだ何か言い募る少女を放置で学食を出る。職員用の玄関に至り、家路についた。
「大人げないな、まったく……」
自身にため息を吐きながら、少々胸が空いたのは、誰にも言わないでおこうと決めた。
帰宅すると、士郎の方が先に家に着いていた。
居間で出くわした私の顔を見るなりムッとして、私の脇をすり抜けていく。その腕を掴みそうになる手を握って堪えた。
遠ざかる足音を追うこともできず、ただ立ち尽くす。
(私は……)
士郎にとって、私はどういう存在なのか。
喉まで出かかった問いかけは、声にはならず、わだかまるばかりだ。
胸苦しくて、苦いため息をこぼすことしかできなくて、こんなことなら、さっさと座に還ってしまいたいと思わなくもない。
だが、そんな勝手ができる立場でないことは、重々承知している。
(士郎の意思を……尊重して……)
座に還れと言われればそうする。
万に一つもないだろうが、ここにいろと言うのならば、従う。
ただここに居残る場合、私はどのような扱いになるのか。
ただの従者か、それとも?
もう戻れない関係を夢見たところで仕方がないとわかっているが、私は、また、と思う。また士郎と恋人という関係に戻れたらと、願ってやまない。
(絵空事だな……)
浮かんだのは自嘲の笑みだ。以前のように笑うことなどできない。
もう取り繕うこともできそうにない私は、無表情でやり過ごすしかない。士郎と面と向かえばなおのこと、表情は消え失せる。
早く結論を出してほしいと思いながら、その結果如何によっては、今のこの、何もかもが不確かな状態の方がよかったと思うのかもしれない。
(恐いものだな……)
自身の存在を決定付ける言葉を聞くことが、逃げたくなるほど恐ろしい。
そんな私を嘲笑うように、とうとうその時がやってくる。
夕食を終えた衛宮邸の静かな居間に呼び出され、私は士郎の結論を聞くことになった。
カウンターにもたれて立つ凛を立会人として、士郎は緊張した面持ちで正面に座っている。
その姿を真正面から見つめることができず、少し顔を逸らし、座卓へ視線を落とし、士郎を視界の端に留めるだけにした。
往生際が悪いのか、未練がましいのか、己がひどく情けないものだと、あらためて自覚していた。
***
はてさて、どこをどう回り道して、こんな結論に至ったのかしらね、士郎は……。
呆れながら、カウンターにもたれて立って、二人を交互に見る。セイバーは黙っていなさそうだから自室で待機してもらった。
ここでまたセイバーが暴れたりしたら、進む話が後退しちゃう。
作品名:DEFORMER 10 ――オモイシル編 作家名:さやけ