DEFORMER 10 ――オモイシル編
まったく、この二人ときたら、手がかかって仕方がないんだから……。
(ま、しようがないわね。こと恋愛なんてものにうつつを抜かしてきたようにどちらも見えないし……)
だけど、アーチャーには恋人がいたはずって、士郎は言っていたけど……?
どんな恋愛したら、こんなたどたどしいことをするような、こじらせ病になるのかしら?
呆れてものも言えないわ……。
(それにしても……)
アーチャーの鉄面皮は、話す気を失くすわねー。これじゃ、士郎も言いにくいでしょうに……。
なんの表情も浮かべないのは、アーチャーが士郎に負い目を感じているからでしょうけど、士郎にそこまで見抜く目はないのよ……、もう少し相手を見て……って、アーチャーもそんな余裕はないか。
向き合って座っているのに、アーチャーは士郎を真正面からは見ていない。少し顔を背けて、その瞳は士郎を映していない。
手持ち無沙汰なんでしょうね、腕を組んで……、というか、どうしようもなく拳を握りしめてしまうのを誤魔化そうとでもしているのかしら……。
(士郎が尻込みするの、わかるわ……)
時計を見上げてカウンターに置いていた冷たい緑茶を飲む。
どれくらい沈黙が流れたかしら?
ざっと三十分くらい?
あー、早く部屋に戻りたーい。これはこれで、針の筵よー。
「あ、あの……」
やっと士郎が口を開いた。
「アーチャーとの、契約を解除する……」
「……そうか」
アーチャーったら、やせ我慢しちゃってー。目尻が引き攣ってるわよー。それに、明らかに視線が落ちたし。
まあ、そりゃ、そうよねぇ……。
「契約を、解除、するから……」
「それは、今、聞いたが?」
淡々としたアーチャーの声に、士郎は唇を噛みしめてる。二人とも相当無理してるわね……。
「理由、だけど……」
「ああ」
「理由は……、だな……」
「だから、なんだ」
抑揚のないアーチャーの声に士郎は俯いた顔を上げられないみたい。アーチャーの顔、見ればいいのに……。
アーチャーも士郎を見られないみたいだし、もう、ほんっと、この二人、似た者同……、っていうか、元が同じだった……。
「タサカさんには渡さない」
「……………………は?」
アーチャーは理解できなかったみたいだ。だけど、士郎にそんなことはわからない。
「タサカさんに渡すくらいなら、座に還す」
「…………」
アーチャーは言葉が浮かばないらしい。組んだ腕をほどきかけたままで停止している。
「…………なぜ、彼女が、」
「タサカさんに誘われただろ。もう、手ぇ、出したのかも知れないけど、これ以上、あんたに近寄らせない」
やっと口を開いたアーチャーに、士郎はきちんと理由を述べた。だけど、アーチャーには、説明が不十分のようね……。
「アーチャー、理解できたかしら? 士郎の言い分。だから、あなたとの契約を解除するそうよ?」
私が水を向けると、
「あ、ああ、……あ、いや、…………意味が、わからない……のだが……」
アーチャーは困惑しながら私に率直な意見を述べた。
うん、予想通り。
そうよね、アーチャーには理解できないわよね。
「そう。じゃあ、士郎、まだ教えられないわね」
「え? なんで? 俺、ちゃんと、」
「だって、アーチャーは理解できていないじゃない。こんなんじゃ、納得したとは言えないわよ。ねえ、アーチャー?」
ぽかん、としたままのアーチャーは私を見上げているだけだ。
いきなり契約解除とか、その理由が他の女に渡したくないからだとか、そりゃ、アーチャーにしたら、わけがわからないでしょう。
まったく、ほんとに、この二人の恋愛カウンセラーとか引き受けちゃった人がいたら同情してしまう。って、今まさに私がその状況だけど……。
「それじゃ、そういうことで。士郎、アーチャーが理解できるまで、きっちり説明してあげなさいよ」
「え? ちょっ、遠坂? 何、言って、俺、」
「今すぐ結果が出そうには思えないから、お風呂先にいただいて、休むわねー」
「え? ま、待ってくれよ、と、遠坂!」
焦る士郎に笑顔を送って、二人を居間に残して私は退散だ。
「まーったく」
なんだって、私はこんなことに付き合ってやっているのかしら?
ほんと、世話好きっていうか、首を突っ込みたがるっていうか……、自分の性格をちょっと改善したい。
「だけど……」
笑っていてほしいと思うのよね、あの二人に。アーチャーにはもちろん、士郎にも。
アーチャーが笑ったのって、あの時だけだもの。
頑張っていくって、そう言って消えたときだけ。あの直後、気の毒なことに、例の変態に捕まっちゃったんだけど……。
それに、士郎にしたって、笑うってことはなかったように思う。気難しい顔しているわけじゃないけど、あいつが心から楽しそうに笑っているところ、私は見たことがなかった。
「あそこから救い出してからは、笑っていたのよねー。本人たちは、ぜーんぜん気づいていないけれど……」
だから、こんなつまんない終わり方をしてほしくない。
だって、お互い好きで好きで仕方がないのに。
契約を解除なんてしたら二度と会えなくなるのに、士郎はなんにもわかっていない。
どんなに恋しく思っても、触れることも、話すことも、見ることもできなくなるのよ。
失ってからじゃ遅いって、わかってるはずなんだけどなぁ、士郎は……。
この間、それを思い知ったでしょうに。それに、子供の頃に、すべてを失ったくせに、なんにもわかってないんだから。
「欲しいと思ったものは、絶対に手放すべきじゃないって、そろそろわかってもいいと思うんだけど」
伸びをしながら独り言ちて、浴室へ向かった。
***
「あの、わ、わかるだろ?」
遠坂に取り残されて、アーチャーと居間で二人なんて針の筵だ。なのに……。
「いや……」
アーチャーは、いまだに俺が契約解除をする意味をわかってくれない。
「だ、だから、タサカさんには渡さないって」
何度も言ううちに、もう恥ずかしいとかそういう気も薄れてきた。
「なぜ、彼女が出てくる?」
「そ、それは、あ、あんたが、」
「私が?」
「…………タ、タサカさんが、あんたを狙ってて」
「狙う?」
「タサカさんに取られるくらいなら、消してやるって」
「なぜ、そんな横暴を、」
「だから! 取られたくないからだろ!」
「…………」
アーチャーは、ぽかん、としたままだ。
まだわからないのかよ、こいつ!
「俺、日本語しゃべってるよな?」
こくり、と頷く。
「早口すぎたか?」
ちょっとイラついて、全く関係ない質問をしてみた。
「いや」
俺の言葉が通じないわけじゃない。
なのに、アーチャーには意味がわからない……。
もう俺も、わけがわからない。
「じゃあ、なんで、わかんないんだよッ!」
思わず声を荒げてしまう。なんだかヒステリックに叫んでるみたいで、自分が嫌になる。
「なぜ……、士郎が彼女に取られたくない、などと、言うのかが、さっぱり……」
困惑した顔で、アーチャーは腕を組んで首を捻っている。
「そんなの! 取られたくないからだって言ってるだろ!」
さっきからこの繰り返しだ。
なんだってアーチャーには意味が通じないんだ?
作品名:DEFORMER 10 ――オモイシル編 作家名:さやけ