DEFORMER 10 ――オモイシル編
「そもそも、取られる、とは、いったいどういう状態なのか? 彼女は、魔術師でもない、ただの女子高校生だ。私を取る、というのは、いささか無理だと思うのだが……」
なんで頭を悩ませてるのかと思ったら、そんなことかよ!
「魔術師とか、そういうことじゃなくて! その、だ、だから、アーチャーが、タサカさんのことを、その……、選んで……」
あれ?
俺は、何を言ってるんだ?
アーチャーが取られるからって、何回も何回も喚いて、アーチャーは意味がわからないって首を捻るだけで……。
アーチャーは、俺の言葉の意味がわからない、のか?
それとも、どうして俺がそんなことを言うのかが、わからないってことか?
あれ?
なんだか、俺は……。
この、状態は……、告白的な……、ことと同じじゃ……?
「アーチャー、寝取るって言葉は知ってるか?」
「ああ」
俺は、何か、とてもバカな質問をしているんじゃないだろうか?
「タサカさんに、それをされる前に、俺が消してやるぞって言ってるんだけど、わかるか?」
極力穏やかに、自分自身を落ち着けながら訊く。
「ああ。わかっている」
ああ、やっぱり……。
俺は墓穴を掘っている……。
「だが、なぜ、士郎がそう思うのかが、やはりわからな――」
「ちょっと、悪い、時間をくれ」
立ち上がってアーチャーの横をすり抜けて、居間を出ようとすれば、手首を掴まれる。
「なぜ、そう思う?」
真っ直ぐに見上げてくる鈍色の瞳に射抜かれて、それ以上、足が動かない。
「っ…………」
アーチャーの双眸が俺を映していることに、なんだってこんなに、うれしいなんて気持ちになるんだ……。
動けなくて、アーチャーも俺の手首を離さなくて、仕方がないから、すとん、とそこに正座した。
アーチャーも俺に向き合う。
「キス……しただろ?」
「は?」
「誤魔化さなくていい。俺は、別に、あんたの何ってわけでもないから」
アーチャーの顔が見られなくて俯いてしまう。
「そんな覚えは、ないが?」
「嘘つくなよ。学食で、タサカさんに、されてた、だろ……」
アーチャーは反論しない。
(ということは……、肯定ってことなのか……)
アーチャーからじゃないにしても、キスはしたんだろう。あらためてショックだ。
「……もう、ヤったのかも、しれないけど、まだあんたは、俺のなんだからな。だから、契約解除をし――」
「ック」
喉で笑う音がしてムッとする。
「な、なに笑ってんだよ」
「ああ、いや、すまない」
あまりにも俺が勝手なことを言うから、アーチャーは、つい笑えてしまったんだろう。
「ごめん……俺……勝手で……」
身勝手すぎると思う。こんなこと、絶対やったらダメなやつだ。
だけど……、それでも、俺は……、アーチャーを誰かに取られるくらいなら、って……。
膝に置いた手を握る。冷たくてあんまり感覚がわからない。
「それはだな……、お前が、今も私を想っているということか?」
「な……に?」
唐突に何を言ってるんだ、こいつ?
「そんな、わけっ……」
ないと、言わなきゃ。
でないと、アーチャーを座に還すことなんてできない。
「ある……わけが……」
膝の上の拳をさらに握りしめる。
「ない……」
だけど、俺は……。
「こと、も……」
好きで、
「なくは……」
アーチャーを、離したくなくて、
「ない……わけが……」
もう、否定か肯定か、わからなくなってきた。
「ない、って、……こと、も、っ……」
力を籠めすぎて白くなった俺の握り拳に、温かい手が重ねられる。すぐに手を引こうとしたけど、握り込まれてしまった。
「何が言いたいのか、わからない」
何を言いたいかといえば、俺がアーチャーを想ってなんてないってことで……。
だけどもそれは、本心ではなくて……。
「だが、士郎の気持ちはわかった」
両手で俺の手を取って、まるで大事なものみたいに大きな手で包むから、なんだか泣けてしまった。
「はは……、何を泣く?」
力なく笑う声が胸に迫る。その声が、安心したって言ってるみたいで、俺は都合のいいことばかりを思ってしまう。
「ぅ……、ばか、やろ……っ、も、おま、え、ばか、ずっ、と、ここに、いろ、ばか」
「ああ、了解した。マスター」
久しぶりに聞くアーチャーの優しい声が耳に入れば胸が痛くて、いつも冷たかった手がもうあったかくなっていて、抱き寄せるわけじゃなくて、俺の頭を引き寄せて、その肩口に額を預けさせられて、痛む胸はほんのりと温もりを灯した。
「結局、引き留めたな……」
布団に転がって蚊帳越しの天井を見上げる。
契約解除をするつもりが、アーチャーに、ここにいろって、言ってしまった。
タサカさんとは何もなかったらしい。
言い寄ってきたのは確かだったらしいけど、アーチャーはあっさり袖にしたという。慰めてやろうとか言われて、お前では勃たない、とかって返したらしい。
酷い言いようだ。俺なら結構傷つく。というか、言われたな、勃ちもしないって……。
もうちょっとオブラートに包む言い方知らないのか?
仮にも英霊だろ?
「酷い奴だな……」
だけど、優しいところがいっぱいあるんだ。
ごろり、と寝返る。一人寝には、慣れたといえば慣れた。アーチャーがいなくても、眠れるようにはなった。
熟睡かと言えばそうでもないけど。
「だけど、こればっかりはな……」
治るかどうかわからない。あの記憶は俺の頭にも、身体にも消せない染みのように残っているから、ずっと付き合っていかなきゃならないかもしれない。
「慣れればいいだけの話だ……」
横向きになって目を閉じる。やっぱりこの体勢が一番落ち着く。
アーチャーがいれば、もっと落ち着くけど、そういうわけにもいかない。アーチャーとは今も別々の部屋だ。隣でもなく、俺の部屋からは気配もわからないほど離れた奥の部屋。
アーチャーがここにはいられないって言った時からそこにアーチャーはいる、今も。
触れてこないのは、どうしてだろう。
やっぱり、俺が拒んだからか?
アーチャーは主従としてここにいるつもりなのか?
もう恋人じゃないってことか?
(そう……かもな……)
以前のような関係に戻るのは難しいかもしれない。
アーチャーが望まないんだったら、それに慣れないとな。
あんまりアーチャーに負担をかけないようにして、甘えないようにして、ただの契約だけの関係を……。
(嫌だ……)
そんなの、できる気がしない。
(俺は、アーチャーに、好きだと言ってもいいのか……?)
もう、そういうのは、なしにしようって言われたら、俺は、どうすればいいだろう……。
***
士郎はここにいろと言った。
なんだかんだと理屈を捏ねて、私と契約を解除するつもりだったようだが、結局、士郎は私を引き留めた。
よかった。まだここに……、士郎の傍にいられる。
だが、以前のようにはいかないだろう。
士郎はどこかよそよそしい。それに、私も踏み出せない。
崩れる肉に手を伸ばした、というセイバーの言葉は、今も私の胸に突き刺さっている。
「傍に、いられれば……」
作品名:DEFORMER 10 ――オモイシル編 作家名:さやけ