報復
ザイコフがモスクワで新しい職務に就いた後も、パリ駐在官オフィスでは、彼が仕込んだ一連の工作の最後の果実を待っていた。だが、結局それは不発に終わった。その年のクリスマス休暇が始まってすぐ、例のフランス外務省の秘書官が自宅で死亡したのである。死因は一酸化炭素中毒。酔ってうたた寝をしている間に暖炉の火が炭火になり、有毒ガスが室内に充満したことによる事故死であると判断された。だがパブロフ参事官は、単なる事故死ではないと考えていた。おそらく彼を使っていた組織が、フランス当局が嗅ぎ回りはじめたことに気づいて、エージェントの口をふさいだのだろう。
モスクワでその知らせを聞いたザイコフは、残念そうな顔を見せながら内心ひっそりと微笑んだ。あのCIA支局長は、やはりバカではなかったらしい。ザイコフが与えた僅かなヒントから正しい推論を導き出して、しかるべき所に情報を流したとみえる。
実はフランス外務省の秘書官を使っていたのは、なんとSISだった。イギリスとフランスの歴史的な反目は現代にも引き継がれ、両国政府が互いに抱く不信感は、双方の情報機関にも反映されて、SISとSDECEは不仲だった。しかし形の上ではNATO政治機構を通じた同盟国であり、表面上はかろうじて協力関係の体裁を保っている。そんな微妙な状況でSISがフランス外務省の内部にエージェントを飼っているなどというのは、SDECEに対する宣戦布告にも等しい。もしこれが表沙汰になれば、同盟国の体裁などかなぐり捨てて、両者のいがみ合いが始まることは必至だった。
ザイコフの計画はそれを狙ったものだった。彼が内通者の演技を捨てれば、CIAはもう遠慮は無用とばかりに、彼が知らせたエージェント情報の残りを一気にSDECEに流すだろうと読んでいた。マルセイユで大物がかかっただけに、たとえザイコフが偽の内通者だったと分かっても、一応は調べてみる気になるはずだ。そうしてSDECEはSISの不実を知ることになり、KGBは両者の諍いを高見の見物…といく予定だったのだ。
オルリー空港で、ザイコフはささやかなヒントを出しはしたが、答えは教えなかった。計画通りに事が運ぶか否かで、エドワーズがどれほど頭の回る男であるかが確かめられると思ったのだ。結果としては、あのヒントを与えたことで自分の計画をぶち壊した形になったが、ザイコフは敵ながら自分を評価した男が相応の頭脳の持ち主だと知って満足だった。マクベリーやジェシカには嫌悪しか感じなかったが、エドワーズに対しては少なからず親しみさえ感じていた。もちろん、マクベリーにザイコフの過去をつつかせたり、ジェシカに色仕掛けを命じたりしたのは、支局長たるエドワーズだったに違いないが、それでも空港で言葉を交わした時の印象からは、まっとうなプロ意識が感じられ、それがザイコフに好感を与えたのだった。
次はこう簡単にはいかないと思っておいてもらおう、という別れ際のエドワーズのセリフを、ザイコフは肝に銘じた。敵側にも、頭の働く男は大勢いる。今回は予備情報を持たない彼らが自分を侮ってくれた分、こちらに利があっただけのことだ。一度の勝ちで敵を侮れば、次には自分が負けるかも知れない。それを忘れてはならないと思った。
だが、最初から負けるつもりで挑む勝負はあり得ない。二年後にヨーロッパに戻ったら、再びCIAや他の西側情報機関を相手にすることになる。もう一度エドワーズと手合わせする機会が巡ってくるかどうかは分からないが、そうなれば相手にとって不足はなかった。
それでも私は勝ちを狙いますよ。狡知の限りを尽くしてね。
胸の内でエドワーズに向かって呟きながらザイコフは微笑み、窓の外に目を移した。
モスクワ郊外、KGB第一管理総局を囲むヤセネヴォの森は、いま、一面の銀世界である。