春宵恋景色
――就職説明会でひょんなことから知り合った涼宮ハルヒという破天荒を人型にしたような女に引き摺られるがまま決めた就職先は、国内外にも幅広く支店を構える大手の食料品メーカーだった。
社長令嬢であるにも関わらず、有り余る好奇心の向かう先は宇宙人未来人超能力者、及びそれに準ずる魑魅魍魎とかそんなものばかりで、まあそれに付き合わされた俺の青春にまつわる種種雑多なことはまた別の機会にさせて頂こう。
問題は入社早々に起きた。
「誰かの引き継ぎなんて全ッ然つまんないわ!キョン、あんたがやんなさい」
あたしはこの世の不思議を追っかけるのに大変なんだから、と満面の笑みで高らかに言い放ったあいつを、誰が止められただろうかいや止められない。
曲がりなりにも社長唯一の愛娘のお達しとあって、突貫工事で俺の出世街道は幕を開けた。
青春時代はどこを取っても平均値で、むしろ平凡であることが誇りですらあった自分が独り立ち、と感慨にふける暇も無く、あっという間に三十路を迎え、未だに6畳3部屋のアパートで一人暮らしの状態が続いている。独身貴族、と笑っていられるのもそろそろ限界で、なんとなく実家に帰る度、不自然な探りを入れられては曖昧に遣り過ごす今日この頃。
「どうかしたんですか」
「ふ、おっ・・・・・・?ああ、古泉か」
感傷に浸りすぎたせいで背後からの声に年甲斐も無く飛び上がってしまって、なんとなく居た堪れない。
ふと目を上げると、眼と鼻の先にいた顔に焦点が合う。
文字通り目の前でくつくつと笑っている男は、サラリーマンにしておくにはいささか眉目秀麗が過ぎるほど整った顔をしている。4歳年下の留学帰りで、入社3年目にして俺より営業成績が良いという、どこをとっても可愛げの無い後輩だ。
「おっと、驚かせてしまいましたか」
「当たり前だろ、びっくりさせんなよ」
そしてお前は間合いが近いんだよ、と腰掛けていた簡易ベッドから立ち上がる。
「すいません一応ノックしたんですけど・・・・」
「そういやお前今日宿直当番か」
「そうなんです、久々なもので迷ってしまって」
それは仮眠室ヘビーユーザーの俺への嫌味かそうなんだな。
「いいえそういうわけでは・・・・それよりこれ使いませんか」
指差す方には昔ながらの巾着袋が二つ。
「いいけどお前意外と古風だよな・・・・」
「一回使ってみたかったんです、」
何だその恐ろしい発言は。よし俺は理由を聞かないぞ、お前の家庭が別に暖炉派とかだったとかでもそれは個人の自由であって、
「そもそも留学するために渡米した先で現地の友達が教えてくれるまで見たこと無かったんですよ、湯たんぽ」
なんで留学先で日本人が日本の文化吸収してんだよ、普通逆だろ。
「いえ、留学する前まではイギリスに「よし判った給湯室に行くからそれ二つ持ってこい」
知らぬ間に敵を作るってのはこういう瞬間を指すんだろうな。
ドアを開け、暖房の無い廊下の寒さが肌に突き刺さる。
「寒い・・・・」
「ドア一枚でこうも寒暖の差が激しいのはどうなんでしょうね」
「知るか、さくっと行ってさくっと戻ってくるぞ」