東方『神身伝』
「っえ?喋れるのがそんなに珍しいことですか?」
狼は至って冷静に、喋れるのが当たり前のように答えるが、冬馬は普通なら考えられない現象に驚き、尻餅をついてしまった。
「お、狼が言葉を喋るなんて聞いたことも無いぞ。」
「……………そう・・・・ですか。」
狼は冬馬の言葉に、下を向いて暫く黙り込んでしまった。
冬馬も空気を読んだのか黙ってその様子を見つめる。そして、狼は意を決したかのように再び冬馬に視線をむける。
狼の額に灯る蒼白い光が、少しその明るさを増すと、再び冬馬の頭に声が響く。
「行き成りの事で信じられないかも知れませんが、恐らく私は違う世界からやってきたと思われます。」
頭に響くように聞こえる狼の言葉、その信じられない言葉に困惑する。
「………そ、そうなこと、有る訳が。」
当たり前の答えだ、誰がそんな非現実的な、アニメのような事を信じることが出来るだろうか。
しかし、狼は、そんな冬馬の言葉を覆すように話を続ける。
「しかし、私は今まで、自分が喋る事に対して、驚かれた事なんて一度も有りません。
私が生きてきた世界では、少なくとも、そう言った事を疑問に思う者なんて居なかった。
なら、違う世界から私はやってきた。こう思うのが妥当では?」
「でも、それでも。」
否定の言葉を口にはするものの、狼が喋るなんて、それ位の無茶な理由が無けりゃ、説明も付かない。
信じられないし、ありえない、そう思いながらも、現状では狼の言葉を信じるほか無く、半ば無理やりに納得する他に無かった。
二人はお互いに置かれた状況のほんの一部を確認した。
だが、それと同時に数多くの問題を抱えてしまう事になる。
「と、取り敢えずそのままの傷じゃ駄目だ。一端俺の家に行こう。歩けるか?」
しかし、そんな事を、今考えていても埒が明かないと思った冬馬は。これ以上、狼の怪我を放置するのも得策で無いこともあった為に、取り敢えず自分の家に行くことを決めた。
「しかし、これ以上貴方に迷惑を掛ける訳には。」
狼は、冬馬の申し出を断ろうとする。
「大丈夫だよ、迷惑なんて思わないし、それに、このまま怪我してる奴をほおって置けるほど腐ってもいない。」
そう言うと、狼に近づき、立ち上がるのに手を貸そうとする。
「で、でも。」
「早くしてくれ、俺も何時までも裸で居たくないんだ。」
冬馬は、狼の応急処置の為に上着の全てを使ってしまった為、上半身裸の状態なのだ。
「わかりました、何とか。」
狼は、冬馬の言葉を聞き、半ば諦め気味に一緒に行くことを承知して、起き上がった。
倒れこんでいたから正確な大きさは解らなかったが、いざ立ち上がってみると狼の大きさは、子供一人分ぐらいは乗せられる程に大きかった。
「あと、家に付くまでは絶対に喋っちゃ駄目だよ、騒ぎになるから。」
「はい、解っています。」
冬馬はそれだけ確認すると、周りに気を遣いながら、ゆっくりと狼の歩調に合わせて家路を急いだ。
運良く、家に着くまでには誰にも会うことも無く、問題なく家に入ることが出来た。
マンションの住人に出会わなかったのは本当に強運だと思う、だがしかし、俺の運もそこまでだったようだ。
「大きい犬ねぇ、ねぇねぇ噛まないわよね触っていい?」
「それよりも、何で帰ってないんだよ。」
そう、家のドアを開けると、そこには帰っていると思っていた琴美がテレビを見ながら、超が付くぐらい寛いでいたのだ。
家に着いたら治療の続きをしながら色々と聞くつもりだったのだが、琴美の目の前で狼に喋らせる訳にはいかない。
もし、この狼が危険な立場なら巻き込む訳にはいかないからだ。
「なによぉ〜、いいじゃない別に何時もの事なんだから。」
全く悪怯れる事の無い琴美に、何とか席を外してもらう為に考えた末。
「解ったよ、じゃあ手伝ってくれ、先ずは餌を買ってきて欲しいんだが、頼めるか?」
琴美はそれに、満面の笑みで頷いて答えた。
財布からお金を出して琴美に渡す。
「ドックフードじゃなくって、生の鶏肉か何かを買ってきてくれ、精を付けるにはそっちの方がいいはずだからな。」
琴美はお金を受け取ると、「わかったぁ。」と返事をして、餌を買いに家を出た。
「すまないな、煩くて。
こんな予定じゃ無かったんだけど。」
冬馬は、琴美が行ったのを確認するとドアの鍵を掛けて狼に話し掛けた。
「いえ、優しい方じゃないですか。貴方と会話しながらも、私に『大丈夫だから。』と声を掛け続けてくれていましたよ。」
「………ああ、知ってる。まぁ、それは置いといて、取り敢えず水分を取らないとな。」
そう言って、深い皿に入った水を狼の口元に置く。
「ありがとう。」
そう言って、水を口にしようとした時「ピシィ。」
何かに罅が入るような音が鳴り響く。
「この音は………。」
冬馬はこの甲高い音に聞き覚えが有った。
今、目の前に居る、異世界から来たかもしれない狼と出会った時にも聞いた音だ。
その音が鳴ってから、暫くの沈黙が流れる。
そして狼が声を出す。
「っく、来ます。」
その言葉を放つのとほぼ同じタイミングで、狼は冬馬をくわえて窓ガラスを突き破り外に飛び出していた。
何が起きたのか解らない冬馬は、何も理解していない思考の中で先程まで自分達がいた場所が、青い炎に包まれているのを見つめていた。
狼はマンションの下まで飛び降りるが、片足が無いせいかバランスを崩して、地面を体で滑るようにうに着地する。
その時にも冬馬の事を考えてなのか、自分の体を下敷きにして冬馬のクッションになる。
「ぐぁ。」
当然の如く、狼の体に全てのダメージが襲い掛かる。しかし、次の瞬間には再び立ち上がって冬馬をくわえ、その場から離れて表の道を走っていく。
まだ何が起きているのか解らない冬馬は、狼にされるがままなのだが。
先程まで自分たちがいた場所に、何か黒い影が降りてくるのをしっかりと見た、そしてその影はそまま自分たちの後を追ってきている。
「な、何なんだよ。」
ようやく言葉を発することが出来たが、それ以外の言葉を口にすることは出来なかった。
狼は冬馬をくわえたまま暫く道を走り、最初に出会った公園に着くと、その真ん中で冬馬を放した。
「いったい、何が起きてるんだよ。」
状況が全く解らないまま連れて来られた冬馬は、狼に質問する。
「恐らく、私を追ってきた者だと思います。
貴方にこれ以上迷惑はかけられない、どこかで隠れやり過ごしてください。
奴らの狙いは私だ。」
しあし、冬馬は狼が怪我をしているのを知っている、更には自分の為に更に傷を負ったのも知っている。
その状況で自分だけ逃げるなんて出来る性格はしていなかった。
「お前も、一緒に逃げるんだよ、俺だけ隠れるなんて出来るわけ無いだろう。」
「な、何を言ってるんですか、さっきも言ったでしょう、奴の狙いは私なんですよ、一緒に逃げたら貴方に危険が及ぶ。
そんな事出来る訳が無いでしょう。
それに、貴方は元々無関係なんだ、巻き込むわけにはいかない。」
狼は、冬馬の発言が信じられないと言った感じに言い放つ。