東方『神身伝』
それもそうだ、誰だって自分が一番だ、自分の安全を第一に考えて動く、ごく当たり前の事だ。
だが、冬馬は『自分のことより他の者の事を優先に考える』そんな人間だ、そんな人間にそのような常識は通用しない。
そんな言い合いをしている間に,
追って来ていた影が追いつき、冬馬と狼に対峙する。
夜の闇の所為で詳細な姿は解らないが、四足歩行の獣のようだ。
「っち、貴方は馬鹿だ、今の私では貴方を守りきれるかどうか分か「うるせぇ。」。」
狼の言葉を遮る様に冬馬が言葉を放つ、そして追ってきた影に視線を向けながら続けて言う。
「さっきからうだうだと、それに無関係だあ?
お前を見つけて怪我の手当てをした俺が無関係だと?
そんな訳が有ってたまるか、死なせる為に手当てをしたんじゃないんだよ。」
冬馬の言葉に狼は返すことが出来なかった。
彼の言葉には怒りと優しさ、そして何よりも『信念』がこもっていたからだ。
これ以上は、何を言っても無駄と踏んだ狼は、冬馬との共闘を選んだ。
「分かりました、では宜しくお願いします。」
「おし、まかされた。」
二人の意思が決まったと同時に、影が襲い掛かる。
冬馬は喧嘩をした事は有ってもそれは常識の範囲での話だ。
相手には勿論言葉は通じたし、それに相手は同じ『人間』だった。
だが今はの状況は違う、言葉が通じない、そして何より決定的に違うのは、相手が四足歩行の『獣』だと言う事だ。
襲い掛かってきた影は、やはり狼に的を絞って来た。
先ず、自分は的にされないと読んでいた冬馬は、そのまま狼と距離を取ると、転がっている石を広い影に投げつける。
「があ。」
飛んできた石に気を取られた影は、狼から一瞬視線をそらした。
その一瞬の隙に狼が思いっきり体当たりを食らわせる。
「ぐるあ。」
影は、地面を転がるように吹き飛んでいく。
が次の瞬間、吹き飛びながらその影から触手の様なものが何本も襲ってきたのだ。
「うわ。」
冬馬はその場から横に飛び、かろうじで攻撃をかわす。
何で攻撃されたか見ると、鞭の様になった獣の毛が地面に2,3本刺さっている。
「危ない。」
鞭のような毛に気を取られていた冬馬は、狼の言葉で敵に眼を向ける。
すると、直ぐ目の前に青い炎の玉が迫っていたのだ。
「おいおいおいおいおいおいいいいいい。」
叫びながら、直ぐに立ち上がり全力で横に走りそれを避ける、しかし次々とその炎の玉は放たれてくる。
見ると、影が口を大きく開けて炎の玉を吐き出してる。
「何だよ、何のアニメですか〜火を吐くとか反則だろ。
ってか、毛が襲ってくる時点で何なんですか〜。」
半べそをかいて叫びながらも、見事に攻撃をかわしていく。
しかし、次の瞬間。
「私を忘れるな。」
一瞬にして間合いを詰めた狼が、体を丸めて回転しながらその牙で、影の胴体と首を切り離した。
ドンドン・・・ゴロゴロ。
勢い良く転がった胴体から先は、茂みの中へと消えていき、残った胴体は砂のように崩れ風に乗って消えていった。
「ふ〜、大丈夫ですか?」
敵の消滅を確認した狼は、冬馬の安否を確認する。
「はあ、はあ、いや、マジで死ぬかと思った。」
完全に息切れした冬馬は、両手両膝を付いて独り言をぶつぶつと呟いている。
「あの〜、大丈夫ですか?」
「ん?ああ〜だ、大丈夫。」
返事の無い冬馬の許に寄り、自ら安否を確認しに来た狼に心配をかけまいと笑顔を作るが、その笑顔は最早笑顔と呼べるものでは無く、涙と鼻水でぐちゃぐちゃに成っていた。
その表情をみた狼は、どんな言葉を掛けて言いかわからず、ただ「そ、そうですか。」と言うしか出来なかった。
冬馬は誠意いっぱいの笑顔を狼に向けるが、周りの景色が目に入った瞬間、その表情は一瞬にして凍りつく。
敵の吐いた炎は予想以上の被害をもたらしていた。
何本もの木々が焼き焦げ、倒たり、遊具の幾つかもその原型を無くしていた。
「こ、これは流石にまずいな。」
現状にかなりの焦りを覚えた冬馬は、そそくさとその場を去る事に決め、狼と一緒に急いで公園を出ることにした。
深夜帯だった為か、騒ぎにわざわざ駆けつける人がいないのが幸いだったが。
確実に警察に連絡は行っている筈だ。
それを考えると、長居は無用だ。
「人に見られちゃ不味い、急いで逃げよう。」
「そうですね。」
早速、その場を去ろうと走り出したその瞬間。
ドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドス。
「ぐあっ。」
「かはっ。」
冬馬達の体中に、激痛が走る。
見ると、何本もの黒く太い紐のような物体が体を貫き、地面と自分達の体を繋ぎ止めていた。
かろうじで動く首を動かして、その黒い紐の先を見ると、先程茂みに転がっていた影の首が宙に浮き、まるで海栗の様に何本もの糸を突き出していた。
「くそ・・・・・・・グフ。」
言葉を放った瞬間、腹の底から鉄の味がする液体が噴出す。
不味い死ぬ。
その言葉が冬馬の脳裏をよぎった次の瞬間、直ぐ後ろで大きな爆発が起こった。
大きな音の所為で鼓膜が破れたのか、一切の音が聞こえなくなり、視界にはあちらこちらの景色が強制的に映し出される。
次の瞬間には目の前に地面が迫り真っ暗に成る。
遅れて、体中に強い衝撃と激痛が走る。
まるで捨てられたゴミのように地面を数メートル転がり、仰向けに倒れたその視界には、見覚えのある物が飛んでくる。
ボト。
あれは・・・・・。
余りの出来事に思考は着いて来てくれない。
だが、これだけは分かる、倒れこむ自分の傍に落ちたそれは・・・・・・自分の腕だ。
確認するように自分の腕が繋がっていたはずの場所に目を向けると、そこには見事に何も付いていなかった。
そして、何も無くなった箇所から大量の赤い液体が噴出していた。
そんな光景を冬馬は何故か冷静に見つめる。
そして気が付く、不思議なことに先程まで有った激痛は引いて全く痛みを感じていないことに。
『あれ、全然痛くないや。』
そんな事を思っていると、次に急激な眠気が襲って来る。
そんな、眠気に襲われ意識が消え行く中で、何故か気になったのは狼の餌を買いに行かせた琴美の事だった。
『まっずいな〜、鍵閉めたまんまだ、またギャアギャアわめかれるな〜。
あっ狼は・・・・・・。』
首だけ起こして、周りを見ると、狼は黒い影の拘束から免れ、首と対峙していた。
『良かったあ〜。』
最後の最後まで他者の事を気にして、自分勝手に安心した彼はゆっくりと目を瞑り。
「ああ〜、グフッ、ねむ・・てぇ〜。」
誰にも聞こえない小さな声で、呟くと、そして完全に意識が途切れた。
「許さない。」
自らを繋ぎ止めていた紐のような物を、強引に引き千切り黒い首と対峙する。
黒い首はその口から次々と炎を吐き出してくるが、。
まるで、狼の目の前に見えない壁でも有るかのように狼に届く前に分散し消えていく。
狼は全身の毛を逆立て、体が光を放ち始める。
そして首に向かって大きく口を開け放つと、そこから凄い速さで光が放たれ一瞬にして首を消し去った。