predator〈捕食者〉4
と、首の後ろに激しい痛みが走り、顔を顰める。そして、身体中もギシギシと痛み、暫くシーツから起きる事が出来なかった。
「大丈夫ですか?」
声の主に視線を向け、明らかに情事の後と分かる自身の状態に羞恥心が込み上げる。
「マックス中尉…」
声を掛け、アムロを起こしたのは護衛兼、監視役のマキシミリアン・レイトナー中尉だった。
アムロはシーツを被り直して身体を隠す。
「大丈夫ですか?そろそろ準備をお願いします。本日は13時までにニュータイプ研究所に入って頂き、ギュネイ・ガスの訓練後、19時から大佐との会食の予定です。」
淡々と今日のスケジュールを告げるマックスにアムロは小さく溜め息を吐く。
「シャアと…会食?」
「はい」
「それって、キャンセル出来ない?」
「駄目です。」
嫌だと言っても聞き入れられない事は分かっているが思わず聞いてしまう。
「…だよな…。分かった。準備をするから居間の方で待っていてくれないか?」
「分かりました。それでは失礼します。」
マックスは敬礼をすると部屋から出ていく。
アムロは扉が閉まるのを確認し、大きな溜め息を付いてベッドの上に座り込む。
「シャアとの関係…バレたよな…。って言うか、彼の部屋は隣だから最中の声も聞こえてるかもしれないな…。」
両手で顔を覆ってガックリと項垂れる。
そして、大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出して自分を落ち着かせる。
「はぁ…、今更しょうがないか…」
のそのそとベッドを降りると、軋む身体を引きずってシャワー室へと入っていった。
シャワーを終えて居間に入ると、マックス中尉が食事と医療キットを用意して待っていた。
「食事です。」
「ありがとう」
「それから、大佐より怪我の手当てをする様に言われております。」
その言葉に、思わず首の噛み跡へと手を触れる。
「あ…、そ…う。」
何と答えて良いか分からず、それだけが口から出る。
シャアは彼に自分たちの事を隠すつもりはないらしい。
アムロと年の近い、マキシミリアン・レイトナー中尉は真面目で実直な男だ。そして、黒髪に深い緑の瞳は少しララァを思い出させる。
まだ少し濡れた髪をタオルで拭きながら、席について食事を始める。
半分ほど手をつけるが、少し胃の痛みを感じて小さく溜め息を吐くとフォークを置いた。
「…ご馳走様」
「もう良いのですか?」
「ああ、残してしまってすまない。」
無意識に胃の辺りに手をあて、席を立つ。
「お薬をお持ちしますか?」
「え?」
「胃が痛いのでは?」
「あ、ああ。大丈夫、大した事ないから…。薬は良いよ。それに薬は…。いや、何でもない。ありがとう。」
過去の人体実験の後遺症で、あまり薬は効かない。しかし、そんな事は言いたくない…。
「分かりました。また必要であれば言ってください。では、怪我の手当てをしますのでこちらにお願いします。」
「怪我?…あっ!い、いいよ!自分でするからキットだけ貸してくれ。」
シャアに噛まれた痕など他人に晒したくない。
それに昨日は酷く乱暴に抱かれた所為で、そこら中に痣や鬱血痕がある。こんな惨めな姿を見られたくなかった。
「いえ。大佐の命令に逆らうわけには参りません。」
「オレが良いって言ってるんだから大丈夫だよ。」
「いえ、そう言うわけには参りません。」
マックス中尉は実直な男ではあるが、クソ真面目すぎて融通が利かない。そして頑固だ。
暫くの問答の末、結局アムロが折れる羽目になり、椅子に座る様に言われたと思ったら羽織っていた白いシャツを剥ぎ取られた。
「…っ!」
と、アムロの身体を見たマックスが声を失う。
アムロの身体には至る所に痣があり、手首には強く掴まれた為に出来たであろう指の痕まで残っていた。
そして、首の後ろに生々しく残る噛み跡には血が滲む。
一瞬固まるマックスに、アムロが小さく溜め息を吐く。
「だから言ったろう?こんなもん見たくないだろ。自分でやるからキットを貸してくれ。」
キットを取ろうと伸ばした手をマックスに掴まれる。
「いえ、大佐の命令に背くわけにはいきません。自分がやります。」
シャアに忠誠を誓うこの男は決して命令に背かない。
マックスはテキパキと医療キットから薬やガーゼを取り出し治療を始めた。
そんなマックスに溜め息を漏らすと、アムロは諦めて身を任せる。
首の噛み痕に塗られた薬が滲みてアムロが肩をビクリと震わせると、マックスは一旦手を止め、アムロの様子を伺う。
「大丈夫ですか?もう終わりますので、後少しだけ我慢して下さい。」
「ああ、大丈夫。ありがとう。」
アムロを気遣いながらも丁寧に治療をしてくれるマックスの優しい手に、少しホッとする。
「マックス中尉、手際が良いね。」
「はい、医療班におりましたから。」
「え?そうなの?それが何でまたオレの監視役に?」
「…自分から志願しました。」
「志願?」
「はい。」
軍人として、元敵兵の監視役などやりたくもないだろうに、それをわざわざ志願するなど、どう言うつもりかと疑問に思う。
「何でまた志願なんて…」
「貴方に興味があったので。」
「は?」
「あの大佐が、危険を冒してでも手に入れた貴方に興味が湧きました。」
“危険を冒して”と言う言葉にホンコンシティでのシャアの行動を思い出す。
姿をくらましていたシャアがアウドムラの停泊する場所に現れたのだ。いつ誰に見つかるとも知れないあの場所に…。
「…マックス中尉はあの時…ホンコンシティにいたのか?」
「はい。貴方に投与した薬物は自分が用意しました。」
その言葉に、アムロがガタリと椅子から立ち上がる。
「安心して下さい。連邦のニュータイプ研究所で貴方に投与された薬物を確認した上で、身体に後遺症の出ない、それでいて即効性のある睡眠薬を選びましたから。」
ニッコリ微笑むマックスにゾクリと寒気が走る。
「ああ、胃薬もちゃんと効くものを用意しますので必要なら言って下さい。」
マックスはそう言って微笑むと部屋を出て行った。
手当てをする優しい手に、一瞬でも気を許してしまった。けれどここはネオ・ジオンなのだ。自分はシャアに捕らえられた捕虜同然なのだと改めて自覚する。
「…馬鹿だな…」
シャイアンを脱走して、連邦から逃げたつもりで…結局、今度はネオ・ジオンに…シャアに囚われている。
「一年戦争から…オレの人生はずっとこんなだな…。」
溜め息混じりに、手当てをされた首筋のガーゼに手を当てる。
「いっそ…噛み殺してくれたら良かったのに…」
そうしたら…永遠にシャアのものになって…ララァみたいにあの人の心の中に住めるかな…。楽に…なれるかな…。
そこまで考えて、自分の思考に驚く。
オレは…シャアのものになりたいのか?あの人に…囚われていたいのか?
オレは…あの人をどう想っているんだ?
昨日、ギュネイにシャアの事を好きか嫌いかと聞かれて思わず答えに迷った。こんな風に囚われて、無理やり抱かれて…屈辱を与えるあの人を…嫌いだと思えなかった…。好きかといえば…それも分からない。
ただ…あの瞳を怖いと思う。身がすくむ程の恐怖を感じる。
けれど、孤独なあの人を救いたいと思う時がある…。
アムロは自分の複雑な感情にただ戸惑う。
作品名:predator〈捕食者〉4 作家名:koyuho