はじまりのあの日1 始めましたの六人
家の中へ入り。早速皿洗いを開始する。本日、私はオフ。忙しくなったPROJECT。薄暗いうちから出かけていった家族に変わり、本日の朝食の皿を洗う。忙しいのはありがたい事だと、彼はよく言っている。BGM代わりにを点ける。ワイドショー、耳慣れたアニメソングが流れる。彼との始めてのボイトレはこの曲だったな。記憶の中へ、意識がまたも入っていく―
「おはようリン」
歓迎会翌日。起きると、彼はもう、カイ兄とキッチンに立っていた。半袖を着る彼の腕には、一カ所に包帯が巻かれている。その理由は後に知る。朝が弱いレン、めー姉はまだ起きていない。二連休の最終日。大人組は、もう歌い手としての活動で、生活を成り立たせている。まだ、子供だったわたし達は、彼らに養って貰っている状態。新しく来た彼もまた、必死に歌い、茨(いばら)の草場をかき分けて。わたし達を養ってくれた
「まだ、眠いんじゃない」
「おはよっ大丈夫だよがっくん。なになに、すっごくいいにおい~」
逆に、彼の方が眠くなかったか。当時のわたしは思いも至らなかった。湯気を立たせる鍋、興奮しているカイ兄。漂うおいしい香り
「リン、すごいよ。殿もめちゃくちゃ料理、上手いんだ」
「いや、褒めすぎ。ま、リン早く顔洗って、朝ご飯にしようじゃない」
「やっほ~」
歯磨き洗顔、着替え。済ませて戻ってくると、並べられている、豪華な朝食。炊きたてツヤツヤのごはんに、ふわふわのだし巻玉子。豆腐、長ネギ、油揚げがたっぷりのお味噌汁。中央には、カニカマとチーズが具の生春巻きと野菜サラダ。浅漬け
「わ~すっごくいいにお~い」
「ミク姉、がっくんが用意したんだよ~」
「すっご~いがくさんが作ってくれたんだぁ」
「うあ~眠い~」
身支度を終えたミク姉。レンを起こして、二人でキッチンへやって来る
「何にもできないけど、俺からの返礼だミク」
「ヘンレイって」
「昨日の歓迎会のお礼ってこと」
「なになに~このいいにお~い」
「ちゃんと歩いて~め~ちゃん」
二日酔いのめー姉、カイ兄に支えられ、起きてくる。全員がそろったところで
「「「「「「いただきます」」」」」」
差し込む朝日。漂う香り、鳥の鳴き声。彼と共にする、初めての朝食の時間。とても和やか
「~~っしみる~二日酔いの朝の味噌汁っ。てか、神威君も、すっごく料理上手じゃない。お~いし~い」
味噌汁を含んで、これは堪らんとの表情、めー姉
「でしょ、めーちゃん」
「いや、みんな、褒めすぎじゃない」
「んま~い。卵焼き~。あま~い」
「ああ、だし巻玉子ってんだ、リン」
カイ兄が作るのとは、味付けが違う卵焼き。この時一発で大好物になった代物
「はるまきおいしーっ」
「チリソースついてる、レン」
美味しさで、完全覚醒のレン。ソースを指で拭う優しい彼。自然体で自分の口に運ぶ
「ほひゃんとほ漬け物へっぴん~(ご飯とお漬け物絶品)」
「ミク、口に詰め込みすぎじゃない」
こちらも、ご飯粒を取ってあげる。それを、自然体で口に運ぶと、カラカラ笑う彼
「さっきミクには言ったけど、俺からの返礼。勝手に食材使った上に、しょぼいモンですまない。改めて、これからよろしくたのむ」
ほんとうに優しい人なんだ。はじめて感じた時だった。談笑し、賑やかに朝食を終える『すごく美味しかった』彼のごはんに大満足のわたし達
「食器洗いくらい任せて。神威君のお味噌汁で、目も覚めたし」
めー姉の申し出。キッチンを後にする一同。リビングでくつろぐ。TVを点ける紫の彼。わたしは、さっそく彼を独占した
「がっくん~」
TVを観ている彼の膝。遠慮も躊躇もなしに飛び乗って
「今日は、一緒にボイトレしよ~ね」
「おわっとぉ、元気の塊が来た。よし、ニュース見終わったら、さっそく歌おうじゃない」
頭を撫でてくれる。その心地よい感触、初めて味わった。めー姉やカイ兄のそれとは異なる、至福の心地
「がっくん、ニュース見るの~」
「よく見るな。ぶっちゃけ、ニュース以外は、スポーツぐらいしか見ない」
「え~ニュ~スつまんないよ~」
「色んなニュース見て、世の中知らなきゃ。歌い手として大切なことじゃな~い。一流目指すには~」
彼の胸に背を持たれながら会話する。会って二日目で、よくこれだけ図々しいことができたものだと、今は思う
「え~」
「イイコと言うね、殿。レンもミクも見習わなきゃね~」
「「え~」」
ニュース番組が好きだということを、初めて知った。あの時、ニュースは嫌いだった
「ま、今日はさっそく歌おうじゃない、リン」
「やった~」
と言って、彼はこのアニメ映画の曲を共に歌ってくれたっけ。今でも思う『優しい人』だと。記憶の部屋、早々に引き上げ皿洗いに集中する―
皿洗いを済ませ、今度は家中に掃除機を掛ける。お風呂は昨日、誰かが洗ったと言っていた。仕事が混むと、どうしても生活が雑になる。時もある。いつもではない。何に弁解してるのだろう。それでもだ、毎日学校に行かなくて良くなったことはありがたい。その分時間が歌に割ける。歌い手と言えど、義務教育は、義務として受けていた。学校にいる時間は少なかったけれど。たまたま目に入った、新聞の見出し、教育の文字で、思い出が溢れてくる―
「おはよ~がっくん」
「おはようリン。朝ご飯食べちゃおうじゃない」
朝一番、学校に行く前、声をかける。今日は彼とどんな事をして遊ぼう。学校にいる間中、考えていたあの頃。もちろん、授業はしっかり受けた。勉強した。テストで好成績を取れば、姉兄は褒めてくれる。弟のレンには自慢できる。そして、彼が褒めてくれるから。歌に、学校一日があっという間だった。今は今で、一日が早すぎるくらいに通過するけど。そうして学校から帰れば
「がっくん、髪いじらせて」
「絡ませんじゃないぞ~」
そうせがみ。あげく、絡ませ困らせて
「がっくんのユニフォームきてみたい」
「ぶかぶかすぎるじゃない」
と笑わせ、お揃いの衣装までプロデュサーに頼む始末
「がっくん本読んで」
「もっといで」
この頃は、レンと一緒のことも多かったな。ひざ上で読み聞かせてくれ
「一緒に歌って~」
「ボイトレしようじゃない」
とにかく、一日中彼を占有した。よく飽きないわね、と、めー姉に言われたほど。そんな時期、休日。彼の膝の上。本を読んでもらっていたわたし。居心地がよくて。つい、小一時間ほど、居眠りをしてしまった事があった。くすくすと、笑う家族達。申し訳なさがこみ上げてくる。彼とて、貴重な休日だったろうに。彼は、こんな嘘をつき、あの日のわたしを慰めた
「気にしなくてもいいじゃない。リンの気持ちよさそうな寝顔みてたら、俺まで眠くなってさ。一緒に寝ちゃったじゃない」
数年後、わたしは事実を、家族から告げられた。わたしが、眠りこけている間、彼は動こうとしなかった。リンを起こしたくないからと。やさしい彼がついた嘘の真実を。記憶部屋から、抜け出た私が今想う。ありがとう、と―
作品名:はじまりのあの日1 始めましたの六人 作家名:代打の代打