はじまりのあの日3 怪我とリボン
「まだ痛む、リン」
「う~でも行きたいよ~」
カイ兄の問いに答える。今日から連休。以前から予約していたいた温泉施設。個室風呂があるからと、日帰りで、メンバー全員訪れよう。めー姉の提案だったのに。右足首にはシップと包帯。膝にはガーゼ
「その足じゃ、ちょっと無理だろ~」
「ん~、昨日シャワーでも染みるっていってたし」
レンの言葉に、涙が浮かぶ。めー姉。そう、お湯につかるなど無理だ
「じゃあ、じゃあ。キャンセルして、皆でパーティーでもしないかな。無理して行くことないよ~、リンちゃん」
「グミ姉に、ミクさんせ~。温泉はまたいつか行けるから。今日の楽しさ、プライスレス」
「カルも、めぐ姉様とみくみくに。リンリンのけ者、めっ。ぱ~てぃ~たのしい」
やさしい、めぐ姉達の言葉に申し訳なさがこみ上げる
「え~でも、おれ行きた~い。ここまで、予約待ちだったじゃないか~。待ってたのにさ~」
「でもねぇ、レン。あ、キャンセル料かかるけど―」
「なら、お前等行ってこい。俺がリンと留守番してる」
不満を言うレンを、諫める(いさめる)めー姉の言葉に、紫の彼が割り入った
「いいの、神威君」
「おにぃ、一人の居残りすんの」
「キャンセル料、アホらしいじゃない。せっかく予約も取れてんだし。車、俺以外ならカイトと重音しか出せないし。一台じゃ足りないだろ。一人じゃない、リリ。リンがいる」
「お~気が利くじゃね~か、かむい」
軽口で言う『重なり逢う音色(かさなりあうおといろ)』重音テト。紫の彼の同級生。一度『隊』へ所属し、最近退役。歌い手へ戻ってきた。だからこそ、一番、平和を願う歌い手。たまに、紫の彼と、『鍛錬』と言って、格闘の組み手をやっている。そう、テト姉の歓迎会も込みでの湯治企画なのだ
「リン一人、留守番じゃ~、万一ってことも心配じゃない。歩きも心許(こころもと)ないし。ボッチにするのも、イヤだしな。重音の歓迎会やるじゃない。晩餐用意しといてやるから。騒ぐだろ、今日は」
沈んでいた心。やさしい彼の提案に、たちまち浮上をはじめる
「いいのっがっくん」
「ほんとにいいの、がくさん」
「いいよ、リン。ミクも。楽しみにしてたじゃない。行っといで」
「かむい~お前自身が万一になるんじゃな~い」
「どうゆう意味じゃな~い」
「がっくん、悪いことなんてしないよ、テト姉」
「ふっふ~、リンたん。そうゆう意味じゃないんだぜ~」
「チビに変なこと教えんな重音。お前アホだろ。ありえねぇ」
彼の口調をまねた、テト姉と彼のやりとり。あの日は意味が分からなかった。そうして、賑やかに。おみやげ、買ってくるねと、みんなが連れだって、ワイワイ出かけていったあと。静かになった彼の家。広い居間。彼が出てくれた座椅子にこしかける。同じく用意してくれた、手作りの、ビスケットをつまみながら
「ちょっと待ってて」
言われて五分。天井を見上げる。家(マンション)とは、全く違う造り。高い天井。畳敷き。わたしの前には、木製の丸テーブル。床の間。置かれた彫り物。障子張りの雪見戸。木製の引き戸。木目張りの廊下。タタミの部屋は、家にだってあるけれど、本物の畳の感触と香りは全然違う
「お・ま・た・せ~」
よそ行きに着替えた彼がやってきた。やっぱり格好いい
「がっくん」
「みんなが楽しんでるんだから、俺等も二人、楽しいことしようじゃな~い」
お姫様だっこされる
「大型店(ショッピングモール)まで遠出して、昼ご飯。ついでに、晩餐会の買い出し。あと、がんばったリンにプレゼント。何か好きなの一つ、買おうじゃない」
やさしい彼の言葉。温泉に行けなかった残念さなど、完全に消えてしまう。思えばこれが初デート。彼とわたしの初デート。ありがとうとお礼を言うと
「出かける前に、リンもお着替え、お召し替え」
と言って、タワーマンションに歩き出す
「やった~いいのがっくん」
「どのみち、買い出しは必要。リンと楽しく行こうじゃな~い」
家の中。少し前まで、彼が使った部屋の前。通り過ぎ、自分の部屋。運んでもらって、身支度をする。選んだのは、白いフリルがあしらわれた、黒のワンピース。少しでも、大人に見えるよう、少しでも彼に見合うよう。そんなふうに、意識せずに考えて。わたしの部屋の前、着替えを待っていてくれた彼。ひょこひょこと、出て行って
「がっくん、結んで」
「おし」
合わせて選んだ、白のリボン。黒のフリルがワンポイント。まだ自分では、上手に結べなかった頃。器用な彼に、頭の上、結んでもらう。再び抱き上げて貰い、家(マンション)をでる。車の助手席へおろされる。そこで気付く
「がっくん、くつ」
「ああ、すまん。取ってこよう」
持ってきてくれたのは、おしゃれサンダル。黒に白の水玉模様。服と、わたしのセンスに合わせてくれる、彼の心遣い
「この靴なら、あんまり負担にならないんじゃない」
「ありがと~。がっくん、ハカセテ、履かせて~」
「お安いじゃな~い」
図々しいお願い。応えて履かせてくれる。二つの家屋の戸締まりをして、彼は運転席へとやってくる
「がっくん、ほんとにホントにありがと~」
「出かけようじゃな~い」
言って彼は、車を出す。道すがら、わたしは彼に言う
「がっくんごめんね。温泉、行きたかったんじゃない」
「ん、まぁな。でもほら、リン。俺と踊ったせいで、ケガしたじゃない。だから、その罰ゲームとお詫びかな」
「がっくんのせいじゃないよ~」
「い~や、俺のせい」
「違うってば~」
「俺のせ~い」
「リンが悪いんだよ~」
「俺が悪いじゃな~い」
そんなことを言ってくれた、やさしい、優しい紫の彼。幸せでいっぱいだった。車の中、私好みのBGM。途中、自販機で買ってくれた飲み物。いつもは、長く感じる移動時間。楽しさで、あっという間に目的地、大型店舗の駐車場。少し待っててと、言われて。理由が分からず待っていると。車いすを押して、彼が来る。足が痛い、わたしに向けてくれた、精一杯の思いやり
「お待たせ。最近はしっかり備えてるじゃない。乗っちゃえリン」
「ありがと、がっくんっ」
だっこして、おろしてくれる、車いす
「あ~でもでも、包帯、ガーゼ。ちょっと恥ずかしいかも」
「リンが頑張って仕事した勲章。なにも恥ずかしがることないじゃない」
かけられる、優しさに満ちた言葉
「その勲章へのプレゼント。何がイイ」
そして、嬉しい贈り物まで、彼はわたしにくれたのだ。遠慮もなく、少し考えてから
「新しいリボンがほしいかも」
「じゃ~それからいこうじゃな~い」
作品名:はじまりのあの日3 怪我とリボン 作家名:代打の代打