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黄金の秋 - Final Episode 1 -

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 その朝、封を切らずに取っておいたクバンスカヤと小さなグラスをふたつ持って、サーシャはバーブシキンスコエの墓地に出向いた。木立の中に縦横に走る小道を、目的の区画に向かってたどる。木の葉はすでに黄色く色づき、風がそよぐたびに少しずつ枝から舞い落ちて、黄金色のじゅうたんのように地面を覆ってゆく。小道の両側には、さまざまな色や形をした、いくつもの墓標が並び立っている。故人の胸像を頂くものや意匠をこらした装飾彫りを施したもの、摩訶不思議なオブジェのようなものもある。
 そうした個性的な墓標の前を幾つも通りすぎた後、サーシャは簡素な八端十字架が立てられているだけの、まだ盛り土も新しい墓の前で立ち止まった。盛り土の表面は、色とりどりの造花でほとんど埋めつくされている。予想通りだな、とサーシャは思った。四十日目の昨日はさぞや大にぎわいだったのだろう。
「お疲れさん、というところだな」
 くすくすと笑いながら、サーシャは木の葉のじゅうたんの上にあぐらをかいて座り、クバンスカヤの封を切った。
「すまないが、私は昨日はパスさせてもらったよ。どうも大勢で集まってワイワイ騒ぐというのが、ますます苦手になったようでね」
 持参した二つのグラスを『命の露』とも謳われる銘酒で満たす。溢れかえるような花束の一部を少しだけ脇にどけて、一方を盛り土の上に置き、もう一方を高く掲げる。
「За моего друга(我が友のために)」
 乾杯。一気に飲み干す。目を閉じて、燃えるように熱い火酒が胃の中に滑り落ちてゆく感触を、しばし楽しむ。そして再び目を開けた時、サーシャはふと、八端十字の足元に小さく折り畳んだ紙片が置いてあるのに気がついた。それは意図的にそこに置かれたもののようだった。風で飛ばされないための重しのつもりか、片隅に小石が乗せてある。近づいてよく見ると、驚いたことに、その真ん中には鉛筆書きで小さく『サーシャへ』と書かれているではないか。
 しばらく不思議な気持ちでその紙片をしげしげと眺めた後で、サーシャはそっと小石をどかせ、それをつまみあげた。小さいけれど伸びやかな文字は、ジーナのもののようだった。畳まれた紙を静かに広げるとそこには次のような手紙が綴られていた。
『やっぱり今日は現れなかったわね。電話しようかと考えたけれど、へそ曲がりのあなたのことだから、きっと明日か明後日ひとりでここへ来るつもりだろうと思って、これを置いていきます。見つけてくれるといいんだけど』
 やれやれ、すっかり見通されてしまっているな…。サーシャは苦笑し、先を読み進めた。
『実は今日の集まりに、例のご夫婦、フェージャとナターシャが来てくれたのよ。先週生まれたばかりの赤ちゃんを連れてね。ぜひミーシャに顔を見せたいからって。とても元気な男の子だったわ。ナターシャは今後もちょくちょく遊びに来てくれると言うから、そのうちあなたの所へも、一緒に出かけてみようと思っています。構わないわよね?
 そうそう、書き忘れるところだったわ。その子の名前はね、ミハイルっていうのよ!』
 その短い手紙を、サーシャは何度も読み返した。我知らず笑みが浮かんでいた。やがてそれを元通りに折りたたんでポケットにしまうと、サーシャはもう一度グラスにクバンスカヤを満たし、八端十字に向かって乾杯した。今度は、生まれたばかりのミーシャのために…。
 ふと上を見上げると、木々の枝に縁取られた空が目に入った。まぶしいほどに濃い黄色の葉と、抜けるように高く青い空。秋か…と、サーシャは思った。秋は、特別な季節だ。
「秋だなぁ、ミーシャ」
 サーシャは小さくつぶやいた。
 それは、短く美しい黄金の季節である。

(music : Rachmaninoff / Six moments musicaux No.6 “Maestoso” in C major)




ー 補足解説 −
「パミーンキ」
 日本で言う初七日の法要みたいなもので、故人の親族・友人知人が集まって行う追善供養です。ドストエフスキーの「罪と罰」にも出てきますね。葬儀の後に故人の自宅で行うのが普通ですが、別に場所を借りるケースもあるようです。ミーシャの場合も、訪問者がメチャクチャ多かったようなので、地区の集会所みたいなところを借りて行われたかも知れません。

「簡素な八端十字架が立てられているだけの、まだ盛り土も新しい墓」
 モスクワでは最近、墓地の不足により火葬が義務付けられたようですが、それ以前は土葬が普通でした。その場合、新しい墓には墓標がありません。地中で遺体が土に還るにつれて地表面が下がっていくので、それが安定するまで(だいたい一年ぐらい)石造りのどっしりした墓標はたてられないからです。その間は盛り土の傍に簡素な十字架などを立てておくのです。

「40日目の昨日」
 死後40日目は、日本で言う四十九日のようなものにあたります。ふたたび親族・友人知人が集まって死者を追悼しますが、これは墓地で行われます。墓には生花ではなく、造花を手向ける風習です。
作品名:黄金の秋 - Final Episode 1 - 作家名:Angie