Lovin 'you ~If~ 前編
必死に生きようとする小さな命に愛しさが込み上げる。
でも…生きているのも辛い…。
葛藤がひしめき合い、アムロの心が悲鳴をあげる。
そして、そんなアムロにブラウン大佐が嫌な笑みを浮かべて近付き、アムロを更なる絶望へと突き落とした。
「アムロ・レイ、そういえばこの赤ん坊の父親の名前をまだ教えていなかったな。」
アムロは虚な瞳でブラウン大佐を見上げる。
「シャア・アズナブルだ」
ブラウン大佐の言葉が直ぐには理解出来ずにアムロは呆然とする。
「聞こえなかったか?この赤ん坊の父親はジオンの赤い彗星、貴様と殺し合いをしていた男。シャア・アズナブルだと言ったんだ。」
その言葉にアムロの頭の中が一瞬真っ白になる。そして、シャアの言葉が頭の中の響き渡る。
『貴様がララァを殺した!私からララァを奪ったのだ!』
『アムロ!貴様は危険な人間だ!だから私は貴様をここで殺す!』
「嫌ぁぁぁぁぁぁ!!!」
アムロは心が砕け散るのを感じる。
もう、正気を保つことが出来なかった。
◆◆◆◆◆
「ミライさん。今夜、作戦を決行する。」
元ホワイトベースのクルーで現在ジャーナリストをしているカイ・シデンが同じく元クルーのミライ・ノアに告げる。
「わかったわ。カイ。お願いね」
「受け入れ先はセイラさんが経営する病院です。すでに手配は出来ていますから、ミライさんもそちらで受け入れ準備をお願いします。」
ミライは心配気にカイを見つめると胸の前で祈るように指を組む。
「とても嫌な予感がするの。あの日、アムロの悲鳴のような思惟を感じてから、一切アムロの思惟を感じられないのよ。」
「研究所のデータをハッキングした情報では生きている事は確かです。どんな状況だとしても、必ず連れて帰ります。」
「ええ…」
あの日、アムロが赤ん坊を出産した日。ミライとセイラはアムロの絶叫を聞いた。
只事ではない事を察知した二人は互いに連絡を取り合い、カイにアムロの調査を依頼した。
そして、アムロがニュータイプ研究所で酷い扱いを受けている事を知る。
そして、それぞれのコネクションをフルで使い、アムロの救出作戦が決行される事になった。
ミライはカイに指示されたセイラの病院でアムロを待つ。
どうしても嫌な予感が拭えず、両手で自身を抱きしめる様にして窓の外をじっと見つめる。
「ミライ、気持ちはわかるけど少し落ち着いて。貴女らしくなくてよ」
暖かい紅茶を手にセイラがミライに声を掛ける。
「ええ、そうね。ごめんなさい。」
「いいのよ。さぁ、こちらに座って少し落ち着きましょう。」
セイラはミライを椅子に座らせると、テーブルの上に紅茶を置いて優しく微笑む。
「ありがとう、セイラ」
「実はね、今、カイから連絡が入ったの」
「え!アムロは無事なの?!」
「ええ、アムロも一緒に今こちらに向かっているそうよ。」
「よかった!」
「…それでね、アムロともう一人…。赤ちゃんも一緒らしいの」
セイラの言葉にミライが目を見開く。
「赤ちゃん…?まさか、アムロの?」
「ええ、そうらしいわ」
「まぁ!」
喜ぶミライに対して、セイラの表情は暗い。
「セイラ?」
「…どうも…その子供は…実験で無理やり産まされた様なの…。」
「…!」
ミライは言葉を失い、手のひらを口に当てる。
「アムロの状態も、あまり良くないみたいで、着いたら直ぐに治療が必要らしいわ」
「どんな状態なの!?」
セイラはそっと首を横に振る。
「分からない。カイもどう説明したらいいのか分からないらしくて、ただ、連れて行ったら直ぐに治療をして欲しいと言うだけで…。それに赤ちゃんも未熟児みたいでこちらも治療が必要らしいわ」
「……なんて事!」
ミライの瞳に涙が滲む。
「とにかく、私達に出来る事をしましょう。」
セイラはミライの手を強く握り締める。
その手も、僅かに震えていた。
「そうね、私たちが弱気ではダメね。全力でアムロを支えましょう」
それから一時間ほど過ぎた頃、病院に一台の救急車が到着する。
そこからストレッチャーで運び出されてきたのは、眠るアムロと弱々しく泣く男の赤ん坊だった。
「アムロ!」
「大丈夫だ。ミライさん、眠ってるだけだ。」
「カイ!赤ちゃんは!?」
「こっちのがヤバイ、直ぐに処置を!」
「分かったわ!こっちへ!」
セイラは赤ん坊を処置室に移動させ、治療を始める。
「早産だったのね。小さ過ぎる。でも、頑張っているわ!」
セイラは小児科医と共に手早く処置をして、赤ん坊はなんとか命を取り留めた。
処置を終え、アムロの元に向かうと、そこにはベッドサイドで涙を流すミライがいた。
ベッドで横になっているアムロは、目を覚ましたらしく、薄っすらと瞳を開けている。
「アムロ?目が覚めたのね」
声を掛けても反応が返ってこない。
不審に思い、アムロの近くまで行って体に触れながらもう一度声を掛ける。
「アムロ?」
けれど、アムロは反応を示すどころか視線すら動かさない。
「…どう言う事?」
セイラの問いにミライが震える唇でゆっくりと告げる。
「心が…壊れてしまっている様なの…。呼び掛けても、身体に触れても一切反応が返って来ない…。明日、精密検査をして脳に異常が無いかを確かめるけれど…多分…」
セイラがアムロを見つめて息を止める。
「それに…身体もボロボロで…よく出産に耐えられたと思う程…弱っているわ。」
語るミライの瞳から、涙がポロポロと溢れ出す。
「もっと!…もっと早く気付いてあげていたら!もっと早く助けられたら!さっき…フラウとやっと連絡が取れたの。脱走の計画は失敗して…アムロは研究所に連れ戻されてしまったそうよ。」
おそらくその後、アムロの監視は更に厳しくなって、自力では脱走出来なかったのだろう。
セイラは泣き崩れるミライを支えながら、虚な瞳でベッドに横になるアムロを哀しい瞳で見つめる。
『アムロ…』
それから数週間、アムロは相変わらず何も反応を返さない。しかし、少しづつだが、食べ物を口に運べば食べてくれる様になってきた。
初めは何も受け付けず、点滴での栄養補給しかできなかったが、少し落ち着いてきたのか生理的な行動は出来る様になってきたのだ。
「アムロ、今日はとってもお天気がいいの。後で少しお庭を散歩しましょうか?」
アムロの口元に食事を運びながら、ミライが語りかける。
何も反応は返ってこないが、ミライは根気よくアムロに話しかけ続ける。
耳から入る情報は脳に一番刺激を与えることが出来ると聞き、些細なことでも声を掛け身体に触れて接し続ける。
「セイラさん、アムロの具合はどうですか?」
久しぶり訪れたカイがアムロとミライを見つめながらセイラに問う。
「検査の結果、脳に異常は見られなかったわ。ただ…心肺機能、肝機能、消化器官、その他もかなり弱っていて、その治療を進めたいのだけど、研究所でかなりの薬物を投与されていた為に使用できる薬が限られているの。」
「ああ、その件で今日は来ました。」
カイは持っていた封筒をセイラに手渡す。
「研究所から持ち出したデータの解析がようやく終わったので持って来ました。そこに投与された薬物の種類や量も載っていますので確認をお願いします。」
作品名:Lovin 'you ~If~ 前編 作家名:koyuho