Lovin 'you ~If~ 前編
クワトロは微笑みを浮かべて艦長室を後にした。
ブライトはその後ろ姿を見つめ、小さく溜め息をつく。
ミライからアムロの事を聞き、クワトロ…いや、シャア・アズナブルにアムロの事を知らせるべきか迷ったが、先ずは自身の目で確認し、それから決めようと思った。
一緒に行動するうちに、シャア・アズナブルの人柄が決して悪い人間ではないと分かってきた。初めこそ、まさか赤い彗星と行動を共にする事になるなんて、と警戒していたが、自身が思っていたよりも理性的で、優しく、部下思いの男だった。そして、その頭脳や行動力、カリスマ性に感服する。
確かジオンでは大佐の階級に就いていた。連邦の腐った高官たちとの違いに溜め息が出る。
「彼ならば…アムロを救えるのかもしれない…」
ブライトから自然とそんな呟きが漏れた。
ジャブローでの作戦後、アーガマはカラバの拠点で補給を受けつつ補修作業も同時に行われる事になった。
「カミーユ!待って!私も行くわ!」
ブライトの護衛兼運転手で出掛けようとするカミーユをファが呼び止める。
「ファ、遊びに行くんじゃないんだぞ!」
「分かってるわよ。艦長からの指示よ!」
「え?」
用意されたエレカの元に行くと、既にブライトが待っていた。
「お待たせしました!」
慌てて駆け寄るカミーユとファにブライトが手を振る。
「いや、こっちこそすまんな。ファもいきなり頼んでしまったが大丈夫だったか?」
「大丈夫です!私でお役に立てれば」
「すまんな。俺では女性への手土産なんて何を買えば良いか分からなくてな。」
ブライトはミライ達の所に行くのに、何か手土産でもと思ったのだが、いかんせん朴念仁の自分には女性の喜びそうなものが分からない。
悩んでいた所にファが通り掛かって相談したところ、買い物に付き合ってもらえる事になった。
「途中に街があるのでそこで買いましょう!私も久しぶりにお買い物出来て嬉しいです。」
「そう言ってくれると助かる。では行こうか。」
三人はエレカに乗り込み目的地へと向かった。
「奥様はお知り合いの所に居るんですよね。その方の所には他に誰かいらっしゃるんですか?居るならばその方の分も買いましょうか?」
「ああ、知人の女性と…もう一人…女性がいる…」
「それじゃ、女性用に同じものを三つ買いましょうか?」
「……そうだな、頼む」
答えに詰まるブライトが少し気になったが、ファは何を買おうかと考えを巡らせる。
街に着くと、女性用にと綺麗な刺繍の施されたハンカチを三枚購入して綺麗にラッピングしてもらう。それとケーキと花束を買って目的地へと向かった。
着いたそこは病院で、病棟の奥にある私邸へとエレカを進めるようブライトに言われて、カミーユはエレカを走らせる。
中庭を挟んだ奥にある屋敷は、病院と通路で繋がっており、屋敷の裏側は海の見えるテラスになっていた。
「素敵なお屋敷ですね。病院のオーナーの方のお屋敷ですか?」
ファの問いにブライトが答える。
「ああ、そうだ。さっき言ったもう一人の女性というのが屋敷内の個人病室に入院していてな、家内が世話をしているんだ。」
「まぁ、そうだったんですね」
屋敷の玄関前に着くと、金髪の女性がブライト達が到着するのを待っていた。
「ブライト!お久しぶりね」
「セイラも元気そうで良かった」
二人は握手を交わすと、セイラがファとカミーユの方へ視線を向ける。
「ようこそ、忙しいのに無理を言ってごめんなさいね。」
セイラ・マスと名乗ったその女性は、何処かで見たことがあるような美しい女性で、その仕草から高貴な出自なのだろうと伺える。
そして、セイラはカミーユを見つめて一瞬動きを止める。
「貴方…もしかして…」
「あの…?」
「ああ、ごめんなさい。なんだか友人と似た雰囲気だったから…。さぁ、疲れたでしょ?お茶を用意するわ。」
「あの、これケーキなんです。よろしければ!」
ファがセイラにケーキを手渡す。
「まぁ!嬉しいわ!早速頂きましょう!」
海の見えるテラス側の客間に通され、ソファに座る。
ファは豪華な屋敷に少し興奮しながらキョロキョロと室内を見回し「素敵ね~」とカミーユに語り掛ける。しかし、カミーユからはなんの反応も返ってこない。
カミーユを見ると、何か思案しながらテラスへと視線を向けていた。
「どうしたの?カミーユ」
「あ、いや。なんだか…不思議な感覚を屋敷に入ってからずっと感じてて…、なんていうか、切ないような…でも…懐かしいような…」
カミーユの言葉にブライトが目を細める。
『カミーユは彼女の事を感じているのか…。ニュータイプ同士、惹かれるものがあるのかもしれないな。』
そこに、ミライが現れる。
「ブライト!」
「ミライ!」
ブライトはミライに駆け寄ると、そっとミライを抱きしめる。
「色々と心配を掛けてすまなかった。それに、アムロの事も…大変だっただろう?ありがとう。」
「そんな、貴方に比べたら私なんて…。でも、会えて良かった。大丈夫だと判っていたけど、やっぱりこの目で無事な姿を見るまでは心配だったから。」
二人のやりとりを見つめるカミーユとファにミライを紹介する。
「ああ、二人とも。紹介する。妻のミライだ。ミライ、カミーユとファだ。」
「初めまして、ミライ・ノアです。」
「カミーユ・ビダンです。」
カミーユを見て、ミライもセイラ同様カミーユをハッとした顔で見つめる。
「ファ・ユイリィです。あの、これ大したものではないんですがお土産です。女性の方が三人みえると伺ったので三つ用意したのですが…」
先ほど買ったハンカチの入った紙袋をミライに手渡す。
「まぁ、ありがとう!開けて見ても良いかしら?」
「はい、どうぞ」
ミライは一つの包みを開き、ハンカチを広げる。
「綺麗ね、嬉しい。セイラもアムロもきっと喜ぶわ!」
「アムロ…さん?」
先ほどから会話に登る名前にカミーユが疑問の声を上げる。
「ええ、大切な友人よ。今は休んでいるから後で紹介するわね。」
ミライ・ノア夫人が元ホワイトベースの操舵手だという事をカミーユは知っている。その友人でアムロ言えばアムロ・レイしか思い浮かばない。けれど、ブライトは女性だと言った。疑問に思いつつもミライの笑顔にそれ以上聞けず、後で紹介してくれると言うのを待つ事にした。
セイラも交え、手土産のケーキを食べながら談笑していると、赤ちゃんの泣き声が微かに聞こえてくる。
「赤ちゃんが居るんですか?」
ファの問いにセイラが「ええ」と答える。
すると、使用人の女性がセイラの元に来て耳元でそっと囁く。
「え?分かったわ」
セイラは答えると、席を立つ。
「ごめんなさいね。少し席を外すわ」
部屋を出て行くセイラを見つめながら、カミーユはテラスの方に何かを感じて立ち上がる。
「…歌ってる…」
カミーユが呟く。
「カミーユ?どうしたの?」
「女の人が…子守唄を歌ってる…」
そう言うと、立ち上がってテラスへと歩き出す。
「え、何処に行くの?カミーユ!待ってよ」
カミーユを追ってテラスに向かうファを見送りながら、ミライが言う。
「ブライト、彼はニュータイプなのね。それも…とても能力の高い…。彼はアムロを感じているんだわ。」
作品名:Lovin 'you ~If~ 前編 作家名:koyuho