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赦される日 - Final Episode 2 -

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 あの老紳士の素性についても、マクシモヴィチはまったく語る気はないようだった。もしや彼の経歴について断片的なヒントでも得られないかと、マーシャもそれとなく耳を傾けていたのだが、少年の問いはそのようにしてあっさりとかわされてしまった。もっともマーシャの方でも、もはやマクシモヴィチの経歴など分からなくても構わないと思うようになっていたから、別段がっかりもしなかった。
 イズバの中は普段と何も変わらなかった。ただ、居間の暖炉の前に肘掛け椅子が二脚よせてあり、その間にチェス盤と小さなグラスが乗った小テーブルが置いてあるのが、先ほどの来客を物語っているだけだ。チェス盤の隅では黒のルークとナイトが白のキングの動きを封じ、クイーンがとどめを刺していた。
「ジェードゥシカ・サーシャ。どうしてヨールカを飾らないの?」
 アリョーシャが不思議そうに訪ねた。
「必要ないからさ」
 マクシモヴィチは肩をすくめて言った。
「私の場合、新年だろうがロジェストヴォだろうが、特に生活に変わりがあるわけじゃないからね」
「でも、友達とか知り合いが集まってきたりしないの? さっきのおじいさんの他にもさ。チョーチャ・マーシャの家なんか、近所の人がいっぱい集まってて賑やかだよ。僕の家だって、新年はパパの知り合いが何人も来たし、僕も友達の家に遊びに行ったよ」
「私は騒がしいのが苦手なんだ。それでも昔は、そういう集まりにさんざんつき合わされた。もう充分だよ」
 もし本当にこの人が外交官だったのなら…とマーシャは考えた。その集まりとやらはアリョーシャの言うような庶民的なものではなく、外国の政治家や賓客を招いての正式なパーティだったに違いない。マクシモヴィチにとってはそれも仕事のうちだったのだろう。それにしても、この長身で盛装したら、若い頃にはさぞや見栄えがしただろう。いや、今だってそれなりの服装をすれば、相当に威厳があるはずだ。そう思うと、一度でいいから盛装したマクシモヴィチを見てみたい気がした。
 そのマクシモヴィチは、小テーブルのチェス盤を片付ようと、駒を木箱に放り込んでいるところだった。そこへアリョーシャが歩み寄って、彼の手元を覗きこみながら訊ねた。
「ねえジェードゥシカ、チェスって面白い?」
「面白いよ。やったことはないかね?」
「こういうボードで、チェッカーならやったことあるけど」
「チェスはあれよりずっと奥の深いゲームだ。やればやるほど面白くなる」
「僕でもできる?」
「もちろん。ルール自体はそれほど複雑じゃない。やってみるかね?」
「教えてくれるの?」
 アリョーシャが目を輝かせたので、マクシモヴィチは片付けかけた駒を再び箱から出し始めた。
「よろしい。では説明するから、そこに座りたまえ。ああ、だがまずこれを片付けて来よう」
「あら、じゃあ、それはあたしがやりますよ」
 マクシモヴィチが二つのグラスを手に取るのを見て、マーシャはそう申し出た。
「勝手知ったるなんとやらですからね。ついでにお茶でも入れてきましょうか」
「ありがとう。では、頼もうかな」
 そう言ってグラスをマーシャに手渡すと、マクシモヴィチはアリョーシャの向かい側に腰をおろした。
「まず最初に、駒の並べ方と動かし方だ」
 さっそく講義が始まったようだ。
 しばらくして、台所へ入ったマーシャがお茶の用意を整えて居間に戻ってみると、アリョーシャが真剣な顔でチェス盤を覗きこんでいた。盤上では、すでに複数の駒が初期配置から歩を進めており、マクシモヴィチは教授然として椅子の背にもたれ、少年の次の一手を見守っている。先ほど基本中の基本を説明していたと思ったら、マーシャがグラスを洗ってお湯を沸かしていた数分の間に、早くも実践に入ったようだ。
「おやまあ、もうゲームを始めたんですか?」
 講義の進みの速さにマーシャが目を丸くすると、マクシモヴィチは振り向いてちょっと微笑んだ。
「ゲームを覚えるには、長々と説明を聞くより、実際に手を動かしてみる方が早いからね。それに彼は、なかなか飲み込みがいいようだ」
 そう言っているうちに、アリョーシャは次の手を思いついてマクシモヴィチにこう訊ねた。
「この黒のポーン、僕のビショップで取ってもいいんだよね。そしたらチェックだ」
「確かにチェックだが、次の黒の一手で、そのビショップがどうなると思うね?」
 そう言われてアリョーシャは、ふたたびボードの上に目を凝らした。
「あ、そっか…。ここに黒のナイトがあるから、次で取られちゃうんだ」
「そういうことだ。いちばん弱いポーンを取って大事なビショップを失うのは得策とは言えない。序盤ではむやみに相手の駒を取らず、自分の駒を動きやすくする事を考えたまえ」
 マーシャはカップにお茶を注いで二人のそばに置いてやり、自分もテーブルのそばに腰掛けを持ってきて観戦にまわった。マクシモヴィチは一手ごとに寸評を加え、時には2〜3手後戻りしてアリョーシャに手を変えることを許したりしたので、非常にゆっくりとしたゲーム展開になったが、しばしばマクシモヴィチがハッとするような妙手を解説してくれるので、傍で見ていても飽きなかった。
 終局も、思いがけない展開だった。
 マクシモヴィチがポーンを進め、アリョーシャのビショップに対してクイーンを無防備にさらしてしまった時、マーシャは内心『あっ!』と思ったが黙っていた。さすがのマクシモヴィチも子供を相手に油断したのか、大きなミスを犯したものだ。これでアリョーシャに勝機ができる。クイーンの斜め後ろにポーンがいたが、相手の最強の駒を取れるなら、ビショップを失っても損はない。
 もちろんアリョーシャも、クイーンが取れることにすぐ気がついた。急いでビショップを移動させて黒のクイーンを取ると、頬を紅潮させて意気揚々と言った。
「最初に約束したよね? ジェードゥシカは《待ったなし》だよ!」
「分かってるよ。後戻りはしない」
「よぉし、これで僕がダンゼン有利になったね!」
「さて、どうかな?」
 マクシモヴィチは悪戯っぽく笑い、それからボードの真ん中近くにいた黒のナイトをゆっくりと動かすと、静かに言った。
「チェックメイト。私の勝ちだ」
「ええっ???」
 マーシャとアリョーシャは同時に声をあげて、チェス盤をのぞき込んだ。…本当だった。白のキングの周囲は味方の駒でふさがっていたり、黒の駒の支配下だったりして逃げ道がない。一方、王手をかけた黒のナイトを排除できる白の駒は、ひとつもなかった。
「覚えているかね? ここに君のビショップがいたんだ」
 マクシモヴィチが一ヵ所を指さして言った。
「そのせいで、私のナイトはチェックをかけられずにいた。どうにか君のビショップを、このライン上からはずす必要があった。そこでクイーンを囮にしたんだ。思った通り喰いついてくれたね」
「わざとクイーンを取らせたってこと? いちばん強い駒なのに…」
「最強の駒は、囮として使っても最強だということさ」
「ちぇっ、勝ったと思ったのに、罠だったのかぁ」
 少年は椅子の背にもたれて、ふーっと大きく息を吐いた。
「疲れたかね?」
「うん…。ものすごーく頭を使ったって感じ。でも、面白かった。またやりたい」
作品名:赦される日 - Final Episode 2 - 作家名:Angie