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赦される日 - Final Episode 2 -

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 アリョーシャがそう言うと、マクシモヴィチは微笑んで言った。
「せっかく覚えたんだ。ぜひ他の人ともプレイしてみたまえ。対戦すればするほど強くなる」
「パパが時々インターネットでやってるから、帰ったら相手してもらおうかな。…あ、でもうちにチェスのセットなんてあったかなあ。見たことないけど…」
「確か、うちに古いセットがあった気がするけど…」
 甥っ子の言葉を聞いて、マーシャも少し考えるように言った。
「そう言えば、だいぶ前から見かけないねぇ。近頃はみんなパソコンで遊ぶもんだから…。探せば出てくるかも知れないけど…さて、何処へ仕舞ったっけねぇ」
「やれやれ、味気ないことだ」
 言いながらマクシモヴィチは立ち上がり、いったん隣室に引っ込むと、しばらくして小さな木箱と平たい紙箱を持って戻ってきた。
「画面上の対戦は確かに手軽だが、君が自宅でパパと対戦するなら実物が必要だろう。小さくても良ければ、これを持って行きたまえ」
 そう言って少年に手渡された二つの箱は、大きさの割にはずっしりと重みがあった。アリョーシャはまず紙箱の方を開け、その途端に歓声をあげた。
「うわぁ、すごい! カッコイイ!!!」
 それは25センチ四方ほどの小さなチェス盤で、白と濃いグレーの大理石で作られた逸品だった。裏面にはコルクが張ってあり、全体で1センチほどの厚みがある。いまテーブルに載っているボードも、木材に鏡面仕上げを施した立派なものだが、材質から言っても小さいボードの方が高級品のようだ。また木箱の方には、そのマス目にちょうどいいサイズの駒が白黒に分けられて入っていたが、こちらもツゲと黒檀を使った上等のものだった。
「これ、僕にくれるの? 本当に?」
 少年は顔を輝かせたが、マーシャはビックリして、慌てて言った。
「いけませんよ、アレクサンドル・マクシモヴィチ。こんな立派な物を、そんな簡単に…」
「構わないよ。二十年以上も前に、見た目の美しさに惹かれて買ったものだが、実際にプレイするとなると、ついこちらの大きなボードに手が伸びてしまってね。結局ずっと使わないままになっていたんだ」
「でも、ずいぶんと高価なものなんでしょう? それを、こんな子供に…」
 マーシャがそう言うと、マクシモヴィチは怪訝な顔をした。
「子供が良いものを持ってはいけないかね? 本当に良いものを長く愛用するというのは、年齢に関係なく大事なことだと私は思うがね」
「僕、大切にするよ」
 アリョーシャが言った。
「こんな立派なセットがあったら、毎日でもプレイしたいな。でもって、ジェードゥシカみたいに『負けたことがない』って言えるようになりたい!」
 マーシャは小さくため息をついた。これだけ喜んでいるものを、ダメだとも言えない。
「…じゃあ、ちゃんとお礼を言うんだよ」
「うん。どうもありがとう、ジェードゥシカ・サーシャ!」
「気に入ってもらえて何よりだ」
 マクシモヴィチはそう言って微笑むと、いつものソファーに移動して新聞を手に取った。
「…本当に良かったんですか? なんだかすみませんねえ、あんな立派な物をいただくなんて…」
 アリョーシャが絨毯の上に座り込んで、自分のものになった美しいチェス盤をうっとりと撫でたり、駒をひとつひとつ取り出して矯めつ眇めつし始めると、マーシャは小声でそう言った。マクシモヴィチは新聞に目を向けたまま、やはり小声で答えた。
「いいんだよ。せっかくのボードも、使わないまま眠らせておいたのでは無駄になるだけだ。それに私も、そろそろ持ち物を整理し始めた方がいいだろう。いつどうなるか分からない歳だからね」
 それを聞いてマーシャはビックリし、思わず叱るような口調で言ってしまった。
「なに言ってるんです、そんなにピンシャンしてるくせに! バカなこと言い出さないでくださいな!」
 そのいつになく強い調子に、マクシモヴィチは少し驚いたような顔を向けたが、やがてクスッと笑うと、また新聞に目を落としながら言った。
「冗談だよ」
「まったく…、悪い冗談ですよ!」
 言いながらマーシャは、小さく三度、テーブルをノックした。

 旧新年が過ぎてしまうと、マーシャはまた以前のように定期的にイズバに通うようになった。マクシモヴィチがあんな事を言ったので、何だか不安になっていたのだが、当の老人には特に変わった様子はなかった。相変わらず僅かな晴れ間をとらえては森歩きに出かけたし、天気の悪い日には森で拾ったらしい木の葉やどんぐりを古新聞の上に広げ、拡大鏡を片手に図鑑と見比べたりしていた。その様子は、どう見ても持ち物の整理なんかしている風ではなく、マーシャは大いにホッとしたのだった。

 そうこうするうちに2月に入って、いよいよ本格的なマローズがやってきた。火曜日の夜に降り出した雪は、夜半には強い風に乗って渦を巻き始め、翌日には10メートル先も見えないような吹雪になった。本来ならイズバを訪ねる水曜日だが、さすがにこの天候で外出するのは無謀だと思い、マーシャはその日の訪問を取り止めることにした。それを連絡する術はなかったが、マクシモヴィチだってこの吹雪を見れば分かるだろう。だいいち、ひどい天候の日は来ないようにと言ったのは、マクシモヴィチ本人なのだ。
 この吹雪では、村の人々も家に閉じこもって買い物にも出かけないだろう。店を開けても開店休業に違いない。いつも手伝いにやってくる若者に電話をかけて、今日は来なくていいと言ってやり、店も臨時休業ということにして、マーシャは久しぶりにのんびりと暇な一日を楽しんだ。

 雪は、それから3日間やむことなく降り続いた。
作品名:赦される日 - Final Episode 2 - 作家名:Angie