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赦される日 - Final Episode 2 -

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 どうやら今日も止みそうにないな…。
 凍りついた窓ガラス越しに外の雪を眺めると、サーシャは少々うんざりとしてため息をついた。2月に入ってからというもの、まともに陽が射したことがない。それでも雪さえ降らなければ、まだしも散歩に出かけるのだが、この3日間はすっかり雪に降りこめられてしまっていた。独りを楽しむことには長けているつもりだが、こうも長く家の中でじっとしていると、さすがに時間を持て余し気味だ。本を読むことにも飽きてしまい、ふと気がつくと、つまらぬ物思いに耽っているのだった。
 あれ以来、あの小さな人形を収めたグラスは暖炉の上に置いたままで、以前よりも格段に目につくようになり、おかげであの事件を思い出すことも多くなった。すると今度はそれが引き金となり、他のさまざまな過去の出来事までが記憶の底から蘇ってくる。
 サーシャは今、かつて愛したもうひとりの女性のことを思い出していた。

 聡明で美しく、意志の強い女性だった。どんな時にも冷静で取り乱すことがなく、素早く的確に判断し、行動した。優秀だが可愛げというものがない、女性らしい魅力のない女…というのが、彼女に対する一般の評価だったし、サーシャも初めはそう思っていた。けれどもある日ふとしたことから、その完璧さの裏で悲鳴を上げている、脆くて繊細な心に気づいてしまったのだ。なまじ能力が高いだけに誰からも手を差し伸べられず、一方的に責任を押し付けられて、泣くこともできずに苦しんでいた。どうやらサーシャは、そうした表裏の激しい落差に宿命的に魅かれてしまう性質らしい。職務に関わりのない範囲でなら…と、つい手を差し伸べてしまったのが始まりとなり、やがて彼女と逢瀬を重ねるようになった。
 それは、極めて危険な関係だった。いかなる第三者にも、露ほども気取られてはならなかった。彼女は西側の情報機関の一員で、サーシャとは表向きには対立する立場にあった。二人の間では、互いの職務に関わる話は絶対にしないという暗黙の了解が成り立っていたが、もし発覚しようものなら、彼女の属する機関やKGBや、その他のさまざまな情報機関が群がりよって、二人の関係を無残に食い散らすだろうことは火を見るよりも明らかだった。逃げて逃げ切れるものではないことぐらい、二人とも嫌というほど承知していた。
 そんな事態にならぬよう、公の立場で顔を合わせる時には視線ひとつにも神経をすり減らしながら、それでも彼女との関係は3年あまり続いたろうか。最後まで発覚することはなかったが、どれだけ長く続けてもどこにも辿りつけないその関係に、いつしか彼女は疲れ果て、自らサーシャのもとを離れていった。それからほどなくして職も辞し、諜報の世界からも姿を消した。
 その後の彼女の消息は知らない。当時のサーシャには探して探し出せないものなど何ひとつなかったが、あえて彼女の行方は調べなかった。あの頃の彼女はまだ若く、美貌と才知に恵まれていた。きっとどこかでもっと別の、自分に合った生き方を切り開いたに違いない。ならば、そっとしておいてやりたかった。
 彼女とのことは生涯誰にも話さないつもりでいたが、SVRを辞した時点で時効だと思って気が緩んでいたのか、一度だけミーシャの前でうっかり口を滑らせたことがある。しまったと思った時にはすでに遅く、元・プロの追及にあって大筋をしゃべらされてしまった。ミーシャはやれやれと言わんばかりに頭を振り、溜息まじりにこう言ったものだ。
「お前って奴は、どうしてそう惚れちゃならん女にばかり惚れるかね。まったく呆れるぜ」

 サーシャの思考は、そうやって一巡りして現在へ戻ってきた。そのミーシャも、すでに世を去っている。そろそろ自分の番が回ってきてもいい頃だ、とサーシャは思う。
 ふた月あまり前に唐突に芽生えたあの予感が、自分の中で徐々に現実味を増していくように感じられた。なんだかここ数ヶ月で、生涯を閉じるための準備が徐々に整ってきたような気がする。それも自分の意志ではなく、偶然という名の見えざる手によって、ひとつずつ、ゆっくりと…。
 寝室の電話の横には、あの日に限ってなぜか書き残したジーナの新しい連絡先が、そのまま放り出してある。久しく会っていなかったペトロヴィチは、先日ひょっこりと訪ねてきた。マーシャには冗談だと言ったが、あの少年にチェス盤を譲ることを思いついた時も、やはり多少は形見分けの気分があったように思う。ミーシャが新しく生まれ出ようとする一人の子供に将来を遺して逝ったように、自分はせめてあの少年の中に、知的な楽しみの種を撒いて逝けたらいいと思った。そう考えると、あのとき森で偶然にアリョーシャに出会ったことも、そのアリョーシャがどういうわけか自分に懐いてしまったことも、何かの必然だったように思えてくる。
 さらにその少年との出会いによって、マーシャが自分の生活に入り込んできた。最初の頃、余計な世話だと思いながらも、なぜか追い出す気にならない自分が不思議だったが、彼女はもしかすると本当に、ジーナが電話で言っていたような役割を負って、必然的に現れたのだろうか。もしそうであるならば、「何かあったとき」の彼女の負担が、どうか軽いものであれと願うばかりだ。

 準備は確かに整いつつある。そしてそれは「赦される」ということであるような気がする。
 そう思うとなにやらホッとするようで、微笑さえ浮かんでくるのだった。
作品名:赦される日 - Final Episode 2 - 作家名:Angie