赦される日 - Final Episode 2 -
「まあ、そうですね。もっとも、そういうのって大概、お互いさまだったりしますからね。あんたの方でも皆に気を遣ってるんじゃないですか?」
これは確かにマーシャの言う通りだった。こちらとしても、彼らの会話の邪魔をするのは少々気がひける。だからこそ、村に行くときは必要な用事だけを無駄なく済ませて、早々に退散しているのだ。
「それで…私にどうしろと言うんだね? もっと頻繁に村に顔を出せとでも? それとも逆に、なるべく行かない方がいいのかな」
「別に、どうこうしろとは言っちゃいませんよ。ただ、お互いもう少し知り合うためにも、今度のことをきっかけに、あんたと行き来ができるようになったらいいなと思ってるんですよ」
マクシモヴィチはしばらく考えていたが、やがて小さくため息をついて言った。
「あんたの言うことはよく分かったが、それは私には少々難しいことのように思える。そもそも村人たちと知り合いになって仲良くやっていく気があれば、最初から村の中に住んでいるよ。だが私は大勢の人間とつき合うよりも、独りでいる方が好きな性質だ。あまり干渉されたくないものでね。本音を言えば村の方にもなるべく行かずに済ませたいくらいだ。村人たちがここを訪ねて来るようになったら、たぶん私は逃げ出すだろう」
「だけど、こんな所にお独りでいたら、いろいろと不便でしょう?」
「それはまあ不便なこともある。だから、どうしても必要なときは、嫌でも村の方に顔をだすことになる。人々に気を遣わせて申し訳ないがね」
「村に来るのはお嫌なんですか?」
「楽しみだとは言い難いね」
それを聞いた途端、マーシャは何か思いついたように、ポンと手を打った。
「じゃあ、こうしましょう。あんたが村に出るのがお嫌なら、行かずに済むように、あたしが使いを引き受けますよ。毎日ってわけにはいかないけど、週に2回ぐらいだったら、あたしが必要なものを買ったり手紙を受け取ったりして届けに来れますよ。大勢の人間が行き来するのはお嫌でも、あたしひとりが時々やって来るだけなら、そんなにあんたを煩わせないでしょうし、あんたも村に行かずに済むんですから。ね? そうしましょう!」
このマーシャの突飛な提案には、さすがのマクシモヴィチも鳩が豆鉄砲を食らったような顔になって、慌てて口をはさんだ。
「ちょっと待ちなさい、どうして急にそういう話になるんだ」
「だって、村に行かずに済めば、その方がいいっておっしゃったじゃありませんか」
「それは確かにそう言ったが…」
「だったら、誰かが使いをする方がいいじゃありませんか。あたしがやりますよ」
「だがそれでは、あんたの負担になるだろう」
「週に2回ぐらい、どうってことありませんよ」
このマーシャの押しの強さにはマクシモヴィチも呆気にとられたが、隣で聞いていた弟のヴァロージャも仰天しているようだった。
「お…おい、マーシャ!」
「なによ、いいアイディアじゃない。そうでしょう、ねえ?」
マーシャはなぜか強気になっていた。もともと世話好きな方ではあるが、それにしてもこのクセのありそうな老人に対して、何故こんなに強く出られるのか、自分でもよく分からなかった。それでも、押せる所まで押してみようという気になっていた。もし相手が怒り出したら、そこで引き下がればいいのだ。
一方マクシモヴィチは、何とか反論をまとめようと努力していたが、このおせっかいな中年女の勢いを前にしては、うまくいかないようだった。
「待ちなさい。ちょっと…待ってくれたまえ」
ようやく言うべき言葉の切れ端を捕まえたマクシモヴィチは、そう言って一息つくと、少し落ち着いた口調を取り戻してこう続けた。
「…確かに、いちいち村まで出かけずに済めば、私には有り難いことだが、その代わりにあんたが定期的にここへ来るようになるというのは、有り難いのか迷惑なのか、自分でも想像がつかないよ」
けれどこの言葉は、マーシャに対しては逆効果だった。彼女は提案を取り下げるどころか、さらに一押ししてきたのだ。
「だったらなおさら、試してみようじゃありませんか」
「…しかし…」
「とりあえず2週間ほどやってみて、あんたのお気に召さなかったらやめますよ。ね? それならいいじゃありませんか。そうしましょう!」
マクシモヴィチはちょっと眉根を寄せたが、これ以上は反論も思いつかなかったし、また正直なところ、この押し問答が面倒くさくもなってきた。そしてマーシャには意外だったことに、それでも怒り出したりはしなかった。そんなわけで、とうとうマーシャが押しきった形になり、マクシモヴィチはしぶしぶながら、彼女がこれから週2回ずつイズバに通ってくることを承知したのだった。
作品名:赦される日 - Final Episode 2 - 作家名:Angie