赦される日 - Final Episode 2 -
「アレクサンドル・マクシモヴィチ」
マーシャが呼びかけると、老人は本から顔を上げた。
「新しいパンは、台所の戸棚に入れてありますよ。あとガルプツィを作っておきましたから。しばらくは冷めないと思うけど、遅くに食べるようでしたら暖めなおしてくださいな。スメタナとサラダは冷蔵庫にありますからね」
「うん、ありがとう」
「それと、もうひとつ」
簡単な礼を述べて読書に戻ろうとしたマクシモヴィチの注意を、マーシャはそう言って引き戻した。
「余計なお世話かも知れませんけどね、手を洗って着替えなさったらどうです? 少なくとも食事なさる前にはそうしてくださいね」
「ああ…」
マーシャに言われてマクシモヴィチは自分の手を眺め、ようやく気がついたらしい。苦笑しながら本を閉じると、こう言った。
「そうするよ。ありがとう」
あ、笑った…! マーシャは目を見張った。苦笑とはいえ、この老人が笑みを見せたのは初めてだったから、なんだかとても嬉しくなった。
「じゃあ、また水曜日にきますから」
つられて自分もにっこりしながら、マーシャはそう言ってイズバを出た。
その日の帰り道、マーシャの足取りは弾んでいた。マクシモヴィチの人柄が、ずいぶん見えてきた気がする。半分は意地で申し出たイズバ通いだったが、やってみて良かった。だんだんあの老人のことが好きになっていくようだった。
作品名:赦される日 - Final Episode 2 - 作家名:Angie