Lovin 'you ~If~ 後編
少し潜ると、白い服がゆらゆらと揺らめき、まるで天使が翼を広げた様な姿が目に入る。
既に意識は無いらしく、どんどんと沈んでいく身体を掴んで一気に水面へと浮き上がった。
「おい!大丈夫か!?」
クワトロは意識を無くし、ぐったりとした母親の身体を抱き寄せて必死に岸辺へと泳ぎ砂浜に寝かせる。そこにカミーユが駆け寄って来る。
「カミーユ!子供は!?」
「ファに先に病院へ連れて行ってもらいました!」
「大尉は大丈夫ですか?!」
「私は大丈夫だ、それよりも彼女がまずい!」
呼吸を確かめると既に息はしておらず、すぐさま心臓マッサージと人工呼吸を始める。
「カミーユ!医者を呼べ!」
「もう呼んであります!すぐ来ます!」
「分かった!」
クワトロは必死に心臓マッサージを繰り返し、蘇生処置を行う。
途中、何度か人工呼吸をすると、母親が水を吐いてむせ返る。
「ゴホッゴホッ」
「アムロさん!!」
ようやく呼吸を取り戻した事に安堵すると共に、クワトロは目の前の人物に改めて視線を向ける。
赤茶色の癖毛は緩くカーブして背中の中程まで伸びているが、その顔は間違いなく、かつて剣を交えたアムロ・レイだった。
「アムロ…・レイ…」
気を失ったアムロの頬に手を当てて、クワトロが呆然とした表情でその名を呟く。
そこに、ファがアルフレッドを連れて現れた。
「カミーユ!!ドクターを連れてきたわ!」
「アムロ!」
そんな中、クワトロがアムロの胸に耳を当て、心音を確認すると、その胸からはトクリトクリと規則正しい振動が耳へと伝わる。
クワトロは大きく息を吐きながら、かつてアムロが付けた傷のある自身の額をアムロの額へと触れ合わせ、改めて安堵の息を漏らして呟く。
「良かった…」
アルフレッドはその光景を見つめながら、“彼だ”と直感する。アムロを目覚めさせるのはきっと目の前のこの男だ。そんな確信を持ちながらも、胸の奥にチクリと針が突き刺さる様な痛みを感じる。
『やっぱり僕じゃ無いんだな…』
目の前の男に対して“嫉妬”という感情が湧き上がる。
しかし、今はそれどころでは無い。
アルフレッドはクワトロの肩をそっと叩き、アムロの上から退かせると、アムロの手首を掴み、脈を確かめ、状態を確認する。
そして、脈も呼吸も安定している事を確認すると、救命措置をしたクワトロへと視線を向ける。
「完璧な救命措置です。ありがとうございました。」
しかし、アムロの身体が小刻みに震えだす。
真冬では無いとはいえ、春先の海はまだまだ水温が低い。
濡れた服が風を受けてどんどんとアムロの体温を奪っていく。
「まずいな。ファ、手伝って!アムロの服を脱がせてくれ!」
そう叫びながら白衣を脱いで目隠しにする。
服を脱がせたアムロに白衣を着せ、抱きかかえようとするのをクワトロに制される。
「私が運ぼう。ドクターは先に戻って受け入れの準備を頼む。足に裂傷がある、細菌感染が心配だ、そちらの準備を!それからファ、バスに湯を張ってくれ!先ずは身体を温めないと!」
「はい!」
ファはクワトロに言われるまま、返事をすると屋敷に向かって走り出す。
「しかし、大丈夫ですか?貴方も体力をかなり消耗しているでしょう!?」
「大丈夫だ。一応軍人なんでね。それなりに鍛えている。」
微笑みながら答えるクワトロに、アルフレッドもそれに応える様に微笑む。
「分かりました。では、お願いします。カミーユ、道案内を頼む。」
「はい」
「あ、ドクター!子供は無事か?」
走り出すアルフレッドに、シャアが慌てて確認する。
「大丈夫です!水も飲んでいませんでした!貴方のお陰です!」
アルフレッドは振り向きざまに答えると、急いで屋敷に向かって走り出した。
クワトロは腕の中のアムロをギュッと抱き締めて歩きだす。
「カミーユ…、艦長が私を呼び出したのはアムロに会わせる為か?」
「…はい」
「アムロは…何故海に?それに…アムロの心を感じない。彼女は一体どういう状態なんだ?」
カタカタと震える青白い顔のアムロを見つめながらカミーユに問う。
「それは…、とりあえずアムロさんの治療が先です。詳しいことは屋敷で話します。」
カミーユの答えに小さく溜め息を吐くと、「分かった」と答えて足を早めた。
テラスから、全身を海水で濡らし、そのブロンドの髪から水を滴らせたクワトロがアムロを抱えて現れる。
それをファから連絡を受けたブライトとミライが迎え入れる。
「大尉!」
「艦長!アムロを温めたい。バスルームは?」
「こちらです!」
ミライが心配気にアムロを見つめながらクワトロをバスルームへと案内する。
バスルームではファと看護師の女性が既に準備をして待っていた。
「大尉!ありがとうございます。」
「ファ、すまないがよろしく頼む」
「分かりました!」
アムロをファと看護師に預けると、ミライがクワトロを別のバスルームへと案内する。
「貴方もシャワー浴びて。身体が冷え切っているわ」
「貴女は…?」
「ミライ・ノアと申します。初めまして…かしら?」
少し語尾に意味ありげな含みを持たして挨拶をするミライにクスリと微笑み、クワトロも返す。
「クワトロ・バジーナです。ノア夫人」
「色々聞きたい事があるとは思いますけど、先ずは貴方も身体を温めて下さいね。ちゃんと説明致しますわ。」
「ええ、お願いします。」
クワトロは微笑み返すとバスルームへと消えて行った。
バスルームを出ると、先ほどの医師が待っていた。
「ああ、着替えの服はなんとか着られた様ですね。良かった。僕の服ですみません。ここは女性ばかりで男物は僕のくらいしか無くて。」
クワトロと同じくらい長身の医師がにっこり笑って迎える。
「ありがとう、助かった。」
「いえ、こちらこそアムロを助けて頂いて、本当にありがとうございます。」
「貴方は彼女の主治医ですか?」
「はい。ここの病院の医師でアルフレッド・ウォレスと申します。」
「クワトロ・バジーナです。」
二人は握手を交わすと、微笑みつつも少しライバル心の様なものを感じる。
「ところでアムロは?」
「まだ、バスルームです。ファと看護師が対応していますので大丈夫ですよ。」
「そうか…ドクター、アムロはいつから此処に?」
アルフレッドからドリンクを受け取りながらクワトロが尋ねる。
「二ヶ月くらい前からです。初めの頃は歩くこともままならない状態でしたが、このところ身体の方は大分良くなってきたんです。…でも、まさか一人で出歩くと思っていなくて…。本当に助かりました。」
クワトロはアムロの状況を聞き、拳を握り締める。
「彼女は…一体どういう状態なのだ?海の中を進む彼女の目は…何も見ていなかった。彼女の心が感じられなかった。」
アルフレッドは少し目を伏せ小さく頷く。
「詳しい事はあちらで…」
「…そうだな。分かった。」
クワトロは小さく溜め息を吐くと、アルフレッドに案内され、ブライト達の待つ部屋へと赴いた。
扉を開けると、そこにはブライトとミライ、そしてカミーユがいた。
「クワトロ大尉、忙しいのに呼び出してしまってすまない。それに、アムロを救ってくれてありがとう。」
「いや、それよりも説明を頼む」
「それは私の方からさせていただくわ」
作品名:Lovin 'you ~If~ 後編 作家名:koyuho