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景琰と林殊

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景琰は林殊の事が可愛らしく、別段面倒を見るのを嫌だとは思っていない。
むしろ、仔犬のように自分に付いて回る林殊の事を、本当の弟の様に思えて、可愛いくて仕方が無いのだ。
皇宮の妃嬪は皆、有力朝臣の娘であったり、縁のものであったりで、静嬪の様な出身の者は、親子で肩身が狭く、血の繋がった弟はいても、中々、林殊と遊ぶような訳にはいかぬのだ。
笑い物にされても、林殊の面倒を見るのは何とも思わぬのだ。
「ほら、小殊立って、あっちで遊ぼう。」
目上の兄が来たからには、この池の辺を兄に譲らればならぬ。
許されれば、ここに居れるだろうが、献王という人間は、そのような事はとても言いそうに無い。
「小殊、ほら。」
景琰が林殊の手をとって、立たせようとするが、なんだか林殊は意地になってしまっていて、立たぬ気のようだ。
別の兄、誉王 簫景桓ならば一緒にこの場所にいる事位は許してくれそうだが、この献王はいささか根性が悪い。
「赤ん坊一人、まま成らぬではないか。」
景琰が困っているのを、さも楽しそうに見ているのだ。
太監も官女もまた笑い出す。

「赤ん坊じゃないもん!!。」
林殊はちゃんと聞こえて分かっていたのだ。赤ん坊と言われ、太監達から笑われて腹が立ったのだろう。
立ち上がって振り返り、献王を睨みつけている。
「礼も出来ないのは、サルか赤ん坊だ!!」
「赤ん坊じゃないなら、サルか?。」
太監達の笑いがまた起こる。
林殊は献王に飛びかかろうとしている。
すんでの所で景琰が林殊を押さえて何とか止めた。
「小殊、行くぞ!!ほら、暴れないで、、。」
暴れる林殊を抱きかかえ、献王一行の横を通り過ぎる。
「林殊、悪かったな、赤ん坊呼ばわりして。」
献王がニヤニヤして、去り際の景琰と林殊に声をかける。
「林殊、いくらか楽しませてもらったから、いい事を教えてやる。」
献王の一言に、景琰の腕の中で大人しくなって、献王の方を見る。
どうせろくでもないことだと、景琰には察しがついたが、聞かぬ訳にもいかぬのだ。
「知っているか?御花園の隅で、狐が子を産んだんだぞ。可愛らしいそうだ。」
「きつね??」
林殊の中に興味が沸き起こったのが、景琰の腕に伝わってくる。
━━━ダメだ、小殊、兄上のウソなんだよ━━━
「景琰、みたい!!」
兄の前では嘘とも言えず、きらきらと目を輝かせる林殊に何も言えなかった。
「景琰、景琰、きつね!きつね!。」
その様子を見た献王が、また景琰を辱める。
「ぷっ、、お前は林殊に名前で呼ばれているのか?。、、、全く。
母親の身分が低いと、赤ん坊からも名前で呼ばれてしまうのだな。」
献王が、呆れたように首を振り、、太監たちがまた嘲笑する。
我慢強い景琰でも、心が折れてしまいそうだった。
景琰の腕が幾らか震え、林殊を抱えた力が緩む。
林殊はその隙を逃さなかった。
景琰の腕をくぐり抜けて、地面に下り、転げるようにこの場から駆けて去っていった。
「、、、あっ、、小殊!!。」
小さい林殊を、追わねばならない。
景琰は急いで献王に頭を下げ、林殊の後を追って行った。
景琰の後ろから、また太監達の笑い、、、また、献王が何か言ったのだ。
献王の言葉が、耳に入らぬのが幸いだった。

小さい癖に、、、景琰は中々林殊に追い付けない。
林殊は、迷わず御花園の方に向かっているよう様だった。
献王が言う御花園は、皇后が皇帝の為に造った庭園の事だろう。
贅を凝らし、皇宮の誰もが歩ける庭園よりも豪華なのだ。
王族の、それもほんの一部だけが、自由に入るのを許されている。
林殊の母親は皇帝の妹である。そんな関係から、母親と御花園に入った事があるのかも知れない。
だが、林殊一人だけで入る事など許されはしない。
景琰は入った事がなかった。
静嬪は位が高い訳でもなく、そして後ろ盾も何も無いのだ。
静嬪も入ったことは無いだろう。
林殊だって、そう何度も入ったことは無いだろうに、この年にして方向感覚が並外れている。
迷う事無く、真っ直ぐに御花園に向かっているようだった。

御花園の入口近くになって、林殊の姿を見失ってしまった。
あの小さな身体なのだ、垣根を潜って中に入れてしまうのだろう。
幸い、というか、中には誰も居ないようだった。
誰か王族が御花園を散策しているならば、入口には官女が立っている筈だった。
誰も立っていないならば、中には散策する王族は居ないのだ。

入口から堂々と入る訳にもいかず、垣根の薄いところから、景琰は中に潜り込んだ。
御花園は、生垣や塀が巡らされていてはいるのだが、入る気になれば何処からでも入れるのだ。
ただ、見つかれば諫められてしまうから、入らないだけなのだ。
位の高い妃嬪ならば、諌められて済むだろうが、何せ静嬪は地位が低い。諌められるだけでは済まぬかも知れぬ。
景琰が入ったのが見つかっても、恐らく静嬪に罰が下されよう、、。
景琰は緊張していた。

中に入れば、ぽつぽつと牡丹が咲き始めていた。
まだ、本格的な花の盛りではない。
人が居ないのはそのせいかも知れない。景琰にはありがたい状況だ。
林殊は何処に行ったのか、全く姿は見えなかった。
献王は滝の所に狐がいると言っていた。
林殊はそこを目指して行ったに違いない。
御花園は、一部池にも面しており、池に沿って行けば滝にぶつかるだろうと、景琰は小走りに池の端を進んで探して行った。
程なく子供の声が聞こえ出す。
「きつね─────きつね─────、どこ───?。」
「ねぇ────お花あげるよ────、出てきて──。」
林殊だった。
大きな岩を、幾つか組み合わせて、山の様にしている。
そこから三段に滝が流れ落ちて、水は小さな滝壺を経て、池に注がれているようだ。
勾配の強い大きな岩を、この小さな身体でどうやって登ったのか、岩山の中程でぴょんぴょん跳ねているのだ。
「あ〜〜ぁ、、、。」
景琰がため息を漏らす。
林殊の手には、大輪の牡丹の花が握られている。
御花園の他の庭園では、咲いている牡丹は無い。
手入れが良いから、御花園の牡丹が一足先に咲くのだ。
林殊は、御花園の牡丹を折ったに違いない。
何も無いなら、林殊をここから連出して、知らぬ振りをしようと思っていたのだが、これではそうも言っていられなくなった。
御花園の花は管理されていて、持ち出せばバレてしまうのだ。
「小殊──。ダメだよ、早くここを出よう──。」
「ねぇ─景琰、きつねいないよ、きつねどこ??。」
━━━狐はきっと、兄上の嘘だ。━━━
兄 献王は、御花園に無断で入った景琰と林殊が、怒られて罰を喰らえばいいと思っていたのだろう。
これ迄に何度か、景琰は献王の言う事を信じて、そんな目に遭わされた。
すっかり献王のやり口を覚え、景琰も最近は引っ掛からなくなった。
だから、今度は小さい林殊を狙ったのだろう。
「小殊、きっと人が沢山見に来て、狐はどこかに行っちゃったんだよ。」
献王が嘘をついているとは、林殊には言えなかった。
━━━まだ小さいから、小殊にはわからないかもなぁ、、━━━
「きつねいないの?。どこにいるの──?どこ──?」
「ねぇ、景琰、きつねだして───ねぇ!。」
「居ないんだよ、小殊。」
作品名:景琰と林殊 作家名:古槍ノ標