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リハビリトライアル Ⅱ

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『世界の外側』 小太郎と武蔵



目の前を過ぎるそれは、鈍くくすんだ色をしていた。
轟、と凄まじい音を立てつつ風を引き連れ、鼻先を掠めるそれを紙一重で避ける。動きは小さく、僅かに背を反らすことで事足りた。大きく横に逸れる軌道を視界の端に捉えつつ、背を反らす動きの勢いのまま爪先を撥ね上げる。避ける動きはあくまでも一連の動作の切欠に過ぎない。大きく弧を描く爪先は狙い過たず硬いものを捉え、次いで何かが砕ける感触が踝へと伝播した。
「おわっ!?」
刹那上がった悲鳴は素っ頓狂な程に甲高く、同時に緊張感の欠片もない代物。それを聞きながら空中でくるりと後方に身体を回転させた小太郎は、直立に近い形で大岩の上に降り立った。
がらん、と鈍い音を立てて、先刻と同じくくすんだ色をしたものが岩の上に落ちる。乾いた音を立てて転がっていくそれは、古びた櫂だった。使い古されて飴色になった木製の櫂は持ち手の部分が大きくひしゃげ、最早櫂として役に立ちそうもない有様である。否、そもそもそれは櫂として使われなくなって久しい代物であることを小太郎は知っている。それが事実であることを示すように、既に櫂には数多の刀傷が刻まれており、所々は削ぎ取られて形を変えていた。
――もう、武器としても役には立つまい。
本来の役割から離れて武器として扱われてきた武器を見るとも為しに眺めながら、小太郎は声もなく呟く。先刻の小太郎の一撃で大きくひしゃげた櫂には握るような箇所はなく、手に取ったところで細長い板が其処にあるばかりだ。仮にそんなものを手にして襲い掛かったところで、小太郎にとってはそれは脅威にすらならない。――確かに、彼は刀やそれに近い形のものを扱う能力は恐ろしいものがあるが、獲物を無くしてしまえば唯の子供と同じだった。
「ぶはっ」
櫂を蹴り上げられた少年が、派手なくしゃみと共に砂浜から顔を上げる。小太郎に手元を蹴り上げられた勢いで後ろ向きに引っ繰り返った彼――武蔵、と名乗った筈だ――は、まるで小猿のような仕草できょろきょろと辺りを見回した後、己の手元が空であることに気付いたのだろう、ぎょっとしたように眼を見張った。
「あ、」
武器を喪った武蔵は暫し虚脱したように呆然とした後、その視線を小太郎へと向ける。その眼差しに込められていた鋭い光は、しかし即座に薄れて消えた。まるで燃え尽きる蝋燭の炎のようだ、と小太郎は漠然と思う。――そんなことを考えることなど、普段は在り得ないと言うのに。
そもそも出会いからして奇妙だったのだ。この、山猿のような少年は――単なる揶揄ではなく、その動きは実に良く山猿に似ていた――何の前触れもなく、任務中だった小太郎に襲い掛かってきた。影から影へと敵影を追っていく最中、一体どうして自分の存在に彼が気付けたのかはわからない。小太郎は自らの隠形の術に自信を持っていたし、周囲への警戒を緩めていた訳でもなかった。だが、突然飛び出してきた武蔵の気配には直前まで気付く事は出来ず、頭上から振り下ろされた櫂の一撃を避けるのが精一杯だった。
後はそのまま、訳のわからないことを喚きつつ果敢に切り込んでくる武蔵との闘いに雪崩れ込んでしまった為、小太郎は追跡していた敵の姿を見失ってしまった。あるまじき失態だと腹の底で呻いてはみるものの、後悔したところで時が逆巻く筈もない。仕方が無い、と開き直って武蔵と切り結ぶこと五度――凄まじい速度で振り回される櫂の動きは確かに鋭いものではあったが、直線的な攻撃を見切ることは小太郎にとっては造作も無い事だった。後は武器を奪い無力化してしまえば良い、そうすれば殺すことなど容易いのだと、そう思っていたのだけれど、。
櫂を手放した瞬間に虚脱してしまった武蔵の視線は足元を埋め尽くす砂浜に注がれ、最早小太郎を見ようともしない。そもそも襲い掛かってきたのは彼の方なのだから理由のひとつも聴きたい所ではあったが、小太郎には彼の言葉を聞く余裕はなかった。一刻も早く、武蔵の所為で見失った敵の足取りを追わねばならない。傭兵である以上、金が払われている間は雇い主に尽くすのが小太郎の流儀である。その邪魔をした武蔵の首を刎ねてしまえば総ては終わるのだ、けれど。
「・・・・もうすぐ、でかい戦があるんだろ」
「――――」
ぽつりと少年が零した言葉に、小太郎は手裏剣を構えた手を止める。何故、と自問するも答えはない、――否。
不意に小太郎は、己が戸惑っていることに気付き、その事実に更に戸惑った。
忍として感情を殺し、ひとを殺すことには慣れた筈だった。ひとを殺すことに躊躇いを覚えたことはない、禁忌の感覚など疾うに麻痺した。死ねばひとも獣も等しく肉の塊でしかないのだと、――それが当然であった筈なのに。
今、小太郎の目の前いにいるものは、未知の存在だった。
ひとの言葉は喋るが動きは山猿そのもので、闘いを仕掛けたくせにすぐに腑抜ける。本気で小太郎を殺そうとしたのであれば、獲物を失ったとて襲い掛かってきた筈なのに、彼はそうしなかった。
では、何の為に襲い掛かってきたのだろう。
そう考えて、漸く小太郎は襲われた際に自分の反応が遅れた理由に気付いた。
――彼の攻撃には、殺意がなかった。
故に小太郎は彼の気配に気付くのが遅れたのだ。もし武蔵が殺意を剥き出しにして小太郎に襲い掛かってきたのなら、即座に小太郎は彼を切り伏せていただろう。
しかし、武蔵からは殺意の欠片も感じられなかった――つまり、殺す為に襲ってきたのではない、と言うことか。
ならば、何故?
その疑問が、小太郎に武蔵の殺害を遅らせている。目の前に居る未知の存在に対し、小太郎は好奇心にも似た動揺を隠せずに居た。
らしくない、とは思う。
思うけれど、。
「俺様は、最強でいたい。でも、・・・・戦には、関われない」
「・・・・・・・・・・・・」
「あんた、強いんだろ? ・・・・あんたも、戦に行くんだろ? 俺様は、戦いたい。強い奴と戦いたい、でも、・・・・・・・・戦い方が、わからない」
独り言のように呟かれる言葉は、迷子の鳴き声に似ている。行くべきところを見失い、帰る場所を忘れてしまったかのような――。
肩を落として項垂れる少年は、それきり口を噤んでしまう。言うべきことが無いというのか、それとも、言うべき言葉が見つからないのか。或いは小太郎の言葉を待っているのかもしれないが、――小太郎には答えるべき声が、無い。
だが、漠然と彼の言いたいことは理解できた。
確かに武蔵が言う通り、近々大きな戦が起きる気配はあった。恐らくはこの国を二分する大戦になるであろうそれに関係し、小太郎も西へ東へと奔走している現状なのだ。
だが、彼はどうか。
恐らくは素浪人なのだろう、仕えるべき主も無く、身を寄せる先も無く、ただ彷徨いながら闘いを求め続けてきたのだろう彼は、大戦に関わる術が無い。全く無い訳ではないのだろうが、――果たしてこの山猿のような少年を召し抱える大名が居るか否かは小太郎にもわからない。仮に誰かに召し抱えられたとしても、彼が先刻言ったように『強い奴と戦いたい』と言う望みが叶えられる可能性は低いと言えた。
或いはそのことを、彼自身も理解しているのだろう。或いはそれ故に、小太郎を襲ったのかも知れぬ。
作品名:リハビリトライアル Ⅱ 作家名:柘榴