BLUE MOON 後編
俺が陸の未来を楽しみにしてるように、陸も時々俺たちのことで、思い出し笑いとかしてるんじゃないかと、そんなことを思う。そうだったらいいと思う。
陸は寂しい時もあったと言った。そんな時に傍にいられなかったのは、本当に申し訳ない。
だけど、陸はそれを乗り越えて、今、稀代の陰陽師だとかいう二つ名をほしいままにしている。
「イザナミにもさ……、スサノオみたいに、落ち着ける場所が見つかればいいな」
「あの女神は……」
「ん? なんだよ?」
「無理だろう……」
「おま……」
なんだって、そんなあっさり言い切るんだ?
忌神だからか?
でも、そんなの、スサノオみたいにどうにかなるかもしれないじゃないか。
「あの女神は、陸が好きで仕方がないようだからな……」
「え……?」
「なんだ、知らなかったのか?」
「え? いや、拘ってるとは思ってたけど、好きって……?」
「ああ。あれでは……、陸は一生を独身で終えるかもしれないな……」
「うわ……」
「陸に恋人なんぞができようものなら、その恋人は呪い殺されるぞ……」
「…………」
陸……、なんて不憫なんだ……。きっと、そうなることが陸にはわかってしまうんだろう。だから、あえて恋人なんか作らないって選択を……。
「彼女も作れないなんて……」
「まあ、あの女神を屁とも思わない豪胆な人物であれば、可能性はなくもないがな」
「そんなの、人じゃないかもしれないだろ……」
「陸ならば気にしなさそうだな」
さも当然という顔でアーチャーは納得している。
「そんなの冗談じゃないぞ! 陸にはきちんとした幸福ってやつを……」
「士郎?」
勢い込んだ声は萎んでいった。
「きちんとした幸福って……、なんだよって話だよな……。そんなの俺たちが決めることじゃない。陸が幸せだって思うことが大事なんだよな……」
「ああ、そうだな」
「他人のことを言ってる場合かよ、ってな……」
「士郎?」
「俺たちだって、まだまだ、だろ?」
苦笑混じりに言えば、アーチャーは、そうだな、って笑った。
人の世界への特別出張は終わって、また磐座での穏やかな時間が訪れた。
俺たちは、また恙なく日々を過ごす。そんな中、“おばちゃん”こと、コノハナサクヤ姫が苗を持って俺たちの部屋を訪れた。
「コノハナサクヤ姫、それは?」
アーチャーが不思議そうに訊けば、
「そなたらが送った桜です」
おばちゃんはにっこりと笑って答える。
「え? 桜?」
「ここまで想いが運ばれたようで、わたくしが育ててみました」
「想い? そ、育て……? えっと……」
困惑しているうちに、おばちゃんは庭へと下りていく。
「こちらの庭に入れようと思うのですよ」
「い、いいけど。でも、それ、不浄だったんじゃ?」
「もう桜ですよ、衛宮士郎。春に花をつける、桜なのです」
おばちゃんは穏やかな顔で、その、か細い苗を見つめている。
「阿よ、穴を掘ってくださいな」
アーチャーに言ったおばちゃんは、なんだか、ご機嫌みたいだ。
「衛宮士郎、この苗は、そなたたちを追って来たのですよ……」
「……え?」
「追って……来た?」
俺もアーチャーも呆然とする。
「そなたたちは、ずいぶんと気に入られたのですね」
「気に入られ……?」
アーチャーを見上げると、困惑した顔で俺を見ている。
「…………飛び……梅……」
ぼそり、と呟いたアーチャーに頷く。
「……ほんっと…………」
もう何がなんだか……、って、磐座に来て、そんなことばっかりだ。
「ああ、もう、神様の世界って、わけわかんねー」
笑いながら、青い空を見上げてしまった。
***
「早く大きくなって、花を付けろよ?」
士郎は少し前に植えたばかりの桜に水をやって話しかけている。
「士郎、あまり水をやりすぎると――」
「わかってるって」
オレの注意を遮って、ひょろりとした、枝先ほどしかない苗の前にしゃがんでいる。
「お前、根性あるよなー。京都からここまで飛んでくるなんてさー」
あの桜の苗は、目下、士郎のお気に入りのようだ。
「そいつばかりをかまっていると、他の花がやきもちを焼くぞ」
「えっ?」
本気にしたのか、士郎は慌てて立ち上がった。
「お、お前たちも、か、可愛いぞ!」
庭の花や木に宣言している……。
「ック……」
笑ってしまう。何を焦っているのか……。
「な、なんだよ、アーチャー! なに笑ってやがんだ!」
「いや、なに、あの色白の純粋さがうつったのではないかと思ってな」
笑い含みで言えば、士郎の表情が翳った。
「士郎?」
「アーチャーは……、ああいうのが、好みか?」
「は?」
いきなり何を?
「訊いてるだろ、好みなのかよ?」
不機嫌に吐かれる詰問には答えず、縁側の端にしゃがみ、手招きする。
「な……んだよ」
「士郎」
手の届く所まで来た士郎を持ち上げた。
「わっ! 何して、」
「お前が可愛いことを言うものでな。おさまりがつかなくなった」
「はあ? なに言ってんだ! 下ろせ、バカ!」
「好みも何も、オレには士郎しかいない。何度言わせるつもりだ? オレは純粋なだけの衛宮士郎などどうでもいい」
「……ほんとに?」
抱き上げた士郎を見上げて頷いた。
「俺も……、アーチャーだけだからな」
頬を撫でた士郎がキスをくれる。
「……夜まで離さない」
「はあっ?」
先ほど起きたばかりだが、止まる気はない。そのまま部屋へと士郎を連れ込んだ。
「バカ! 離せ!」
暴れる士郎を布団に押し付ければ、少し赤くなった顔を不機嫌に歪めている。
「オレがほだされると思ったか?」
「思ってない」
「ならば、なぜ、あんなことを訊く?」
むっとして顔を逸らした。
「士郎」
「……あいつのことは、誰だって可愛い奴だって、思う。俺だって思ったんだから」
名を呼んで促せば、士郎は渋々口を開いた。
「ふむ、それで?」
「アーチャーは、大丈夫かなって、あの時、ちょっと不安になった。アーチャーに限ってそんなことはないってわかってても、嫉妬心は、やっぱりなくならないから……」
わかってるんだ、と士郎は自身の苛立ちの根源を認めている。わかっていても不安になるのだと可愛いことを言ってくれる。
「そうか。……では、オレの感想を聞かせなければな。ずいぶんと色の白い衛宮士郎だと思った」
「うん」
「それだけだ」
「え?」
「それ以上も以下もない。ああ、セイバーに似た感じがする、とも思ったな。客観的にそう思っただけで、あいつをもっと見ようとか、もっと知ろうとか、そういう気持ちは起こらなかった」
「そ……れは……」
「おそらく、あそこにいたどのオレも、自分の衛宮士郎しか見えていない。その点では共通している」
「そういえば、アーチャーはみんな、自分の士郎しか見てなかったような……」
「だろう?」
「それはそれで、なんか……」
「なんだ」
「はは……、よっぽどだな、って……」
「わかったら、くだらない嫉妬などする間もなく、オレに愛されていろ」
「なんだ、その上から目線」
不機嫌な鼻先にキスをして、額に口づけ、帯をほどく。
「アーチャー、本気か?」
「何がだ?」
「夜までってやつだよ」
「もちろんだ」
「…………」
作品名:BLUE MOON 後編 作家名:さやけ