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BLUE MOON 後編

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 呆れ顔の士郎は、一つ息を吐いて、
「んじゃ、付き合わなきゃな」
 そう言って潔く衣服を脱ぎ去った。



「ヒルコー、おはよー」
 ぱしゃん、と中庭の水が跳ね、広縁の側まで来たヒルコは伸び上がってきて、その頭らしきところを見せる。
「どうした? 今日はこっちで挨拶か?」
 顔のような模様を描く澱が笑っているように見える。
 士郎に頭らしき天辺を撫でられ、ゆらゆらと揺れるヒルコはうれしそうだ。
 士郎に撫でられ、満足した後は、オレの方を見ている。いや、そんな感じがする澱の模様……。
「アーチャーにも挨拶がしたいんだってさ」
 わかるのか、そいつの言いたいことが……。
 まあ、断ることもないので、広縁の端にしゃがみ込み、士郎と並んでヒルコの頭らしき部分を撫でる。ひやり、とした感触は水そのものだ。
 なぜ、今日はここまで来るのか? と疑問に思ったが、すぐに答えに思い至る。
「ああ、そうか……」
「ん? どした、アーチャー?」
「オレたちがいないことが、こいつは気がかりだったのだな」
「え?」
「あちらではほんの三日ほどだったが、こちらでは長かったのかもしれない。オレたちの姿が見えず心配だったのだろう」
 笑っているようなヒルコを撫でて、そのうちに満足したように池へと戻っていく水の塊を見送る。
「ここにも……」
「ああ」
 士郎の言わんとすることがわかって頷く。
「ここにも、家族がいるんだな……」
 しみじみと呟く士郎に、そうだな、と答える。
 池で跳ねるヒルコがキラキラと陽光を跳ね返す。穏やかに流れる時がこの磐座には存在している。
「は……」
 腰を下ろして胡座をかいた。
「アーチャー?」
「少し、休憩だ」
「休憩って……、スサノオに呼ばれてるんだろ?」
 本殿に向かおう、と言う士郎を、ちらり、と見遣って、後ろ手に手をついた。
「まあ、少しくらい遅刻しても、いいだろう」
 そういうわけにはいかない、と腕を引いてくるのかと思えば、士郎はオレの隣に同じように座った。
「士郎?」
「ま、たまには、な」
「ああ、まあ、スサノオにはオレたちの居所もわかっている。緊急であればここに来るだろう」
「はは、神使にあるまじき、だな」
「オレは、スサノオの神使ではあるが、それ以前に士郎の伴侶だ」
「っ……、恥っずかしいこと、平気で言うよな、アーチャーは……」
 膝を抱えて顎をのせた士郎は頬を赤くしている。
 口が悪くても、喧嘩っ早くても、こういうところは相変わらずだ。いくら時を経ても士郎が初心なのは変わらないようだ。
 士郎の肩に腕を回して抱き寄せた。
「……なんだよ」
「幸福を噛みしめている」
「ふはっ! んなの、いつものことだろ」
「ああ、いつものことだ」
 士郎とともに生きている。
 陸や凛、ひなたたちとはまた違う、家族と呼べるものたちと、ここで……。
 あそこで、守護者を続けるオレと同じ存在を見た。
 いまだ、人間のために人を殺戮する運命の、もしかするとオレも続けていたかもしれない運命のエミヤシロウを……。
 あの存在たちにも、かけがえのない士郎がいて、見てわかるほどに幸福そうだった。
 あんなカタチもあったのか、と思いはしたが、羨むこともない。オレには、士郎とオレたちだけの幸福のカタチがある。
 この磐座で士郎と生きるという、奇跡のような幸福が、今、ここに。
「アーチャー」
 見上げる士郎が何を望んでいるかなど、わかりきっている。望み通り口づければ、少し照れ臭そうな表情が間近にある。
「あいかわらず、初心だな」
「ぅ……、うるせぇよ……」
「そういうところも、愛しているぞ」
「っ……、ぉ、おまっ! お前な! ま、また、そ、そんな、こと、挨拶みたいに口にするっ!」
 真っ赤になって言い募る士郎は、琥珀色の瞳を泳がせている。
 まったく、いちいち可愛い。
「お、覚えてろよ! そのうち、お前も穴に入りたくなるくらい、恥ずかしいこと言ってやるからな!」
「ああ、期待している」
「……っぐ、このっ! ……んな、いい笑顔で言うな!」
 くだらない言い合いをして、笑い合っている。今も、あの頃と同じように。
 あの日々は、確かに辛くはあったが、忘れたいとは思わない。あの日々を士郎と過ごせたからこそ、今のオレたちがあるのだから……。
「士郎、愛しているぞ」
「も……っ、お、おいぃっ!」
 士郎が照れようが何度でも言う。あの日々に言えなかった想いをたくさん言葉にして伝えたい。
「もー……、ったく……、言ってるそばからー……」
 まだ頬は赤いままで、不貞腐れて明後日の方を向いていた士郎は、ぺちん、と軽く音が鳴る程度に両頬を挟み込んだ。
「俺も、愛してるよ、アーチャー」
「…………っ」
 なんだ、急に……。
 今の今まで照れていたくせに、そんなとびきりの笑みを浮かべて、間近でそんな……。
「…………お前には、敵わない」
 士郎を抱き寄せて、その肩に顔を埋める。
「はは! 思い知ったかー」
 士郎の明るい声がする。
 思えば、いつだって士郎は笑っていた。苦しいときも、先のない未来に絶望するのではなく、笑い飛ばそうとしていた。
「ああ、思い知った」
 オレに笑って別れを言うのだと言っていた士郎は、どれほどの決心をしたのだろうか。その時には、どれくらい泣いたのだろうか。オレが知るだけでも、士郎はたくさん涙をこぼしていた。
 オレを想い続けた十年の間にも、オレに隠れて泣いていた時にも……、きっとこの手で受け取るには足りないくらい、こぼし続けたのだろう。そんなことを考えはじめると、抱きしめた腕を緩めることができない。
 そのまま後ろへ寝転んで、士郎を胸に抱いたまま、磐座の青い空を見上げる。あの日と同じように澄んだ青空だ。
 こんな美しい空を屈託なく見上げることなどできなかった。殺戮を繰り返す守護者であった時は、清々しい空など見るに堪えず、自身の後ろ暗さを映したような己の影だけを見つめていた。
「…………いつか、あの世界は、オレたちを知るものもいなくなるのか」
「アーチャー?」
「いつか、守護者なんてものも、必要がなくなるのかもしれないな……」
 オレの胸の上で士郎は頭を起こした。
「そうだな。そんな日が、早く来るといいな、あの、別次元の俺たちのいる世界でも」
「来るだろうか……?」
「来るよ。あいつらはきっと、その時まで運命を歩き続けていくって。俺たちとはまた違うカタチでいろんなもの、克服したんだろうから」
 なんの根拠があって、と言おうとしたがやめた。士郎が言うと、本当にそうなりそうで頭から否定できない。
「そう……だな……」
 腕を枕に頭を起こせば、オレの胸に顎を載せ、琥珀色の瞳にオレを映す士郎が微笑んでいる。
 ぱしゃん、ぱしゃん、と水の音。きらり、と輝く水飛沫。
 ここは熊野の磐座。
 スサノオが創りあげ、そして治める、スサノオの斎地だ。
 以前、士郎は、人々が忘れたからスサノオは忌神になった、というようなことを言っていた。
 今回のことで、それはある意味で証明されたといえる。忘れられる、ということは、すべての要因ではないだろうが、スサノオが忌神になった一因にはなるだろう。
作品名:BLUE MOON 後編 作家名:さやけ