BLUE MOON 後編
「でもさー、ちゅーくらい、いいだろ?」
とろり、と琥珀色を滲ませて、士郎は甘い言葉で誘う。
「いいわけ、ないでしょっ!」
つい乗っかりそうになるところを、スパン、といい音が止めた。
ハリセン代わりの丸めた紙束で頭をはたかれた士郎が背後を振り返る。
「ってーなぁ……」
「コピペでいちゃつくんじゃないわよ! 心労が二倍になるでしょ! まったく!」
「んなこと言ってもさー、まさかこいつらを召喚してるなんて思わなかったからさぁ」
「私だって、あいつらが出てくるとは思わなかったわよ! それに、あんたたちが出てくるなんて、もっと思わなかったわよ!」
凛の言い分はもっともだ。
我々は磐座からそうそう出られる身ではない。スサノオの力と様々な神の協力でここに出てこられたというのが本当のところだ。
「でもね、どちらも心強い味方だわ」
凛が胸を張って言えば、我々も、あちらの我々も、す、と身が引き締まる。
「さ、じゃあ、対策を練ろうじゃない。作戦会議よ!」
パンパン、と手を叩き、その場を治めた凛に、どの世界のエミヤシロウも彼女には頭が上がらないのは共通だと、あらためて実感した。
***
作戦会議とは名ばかりで、遠坂は、ちょっと休憩、とか言って、あてがわれたプレハブの奥で仮眠を取っている。
病院で使われているような衝立を隔てただけでよく眠れるよ、まったく……。
(おまけにひなたも一緒って、なに考えてんだ。まだ魔術師でもないんだぞ、何かあったらどうするんだよ……)
簡易ベッドの手前にある衝立を見て、盛大にため息をつきたくなる。
(それから、どうすんだよ……これ……)
どうにかしてくれ、と思うのは、俺だけじゃないはずだ。このいたたまれない感じ、召喚した奴がどうにかするもんじゃないのかよ……。
ちらり、と視線を移して、守護者とその“おまけ”を見遣る。
あの守護者と俺のアーチャーにさして変わりは見られない。赤い外套を纏った概念武装で……、今、アーチャーが服を概念武装にすれば、微塵も変わり映えしない。
それよりも、“おまけ”の方が目を引く。
青……、いや青藍の衣に銀の甲。甲っつっても胴当てと籠手くらい。こいつは一回きりのセイバーだったそうだ。
なんだそれ?
一回って、どんな制限だよ?
詳しく教えろとは言わないけどさ、気になるっちゃあ気になる。
「チッ」
舌打ちが聞こえた。
俺が色白の衛宮士郎をじろじろ見てることに、相方の方が気づきやがった。けど、色白の方は全く気づいてない。あまーい香りのココアなんぞをうれしそうに飲んでる……。
なんなんだ、この呑気感……。
ほんとにセイバーか?
疑問ばっか浮かんで仕方ねえって……。
険のある視線を浴びていることに、ため息をわざとらしくついて、あらぬ方へ顔を向けた。
「士郎? どうした?」
「あ、うん、悪い」
アーチャーが俺の顔を窺う。
「ちょっと、いろいろ、な」
曖昧に笑えばアーチャーもしたり顔だ。
んでも、まあ、あいつらのことを云々するのは後回しだ。今は考えないといけないことが山ほどある。遊興気分を切り換えた。
「羅城門、か……」
遠坂の話と陰陽師たちの話を聞き、どうすべきか、と腕を組む。
まず、人の身ではあの門に触れられない。つまり、遠坂にも陰陽師たちにも、あの門には物理攻撃ができない。
俺とアーチャー、それから、英霊のあいつら――別次元のエミヤシロウたちなら触れることはできると確認は取れている。なぜかっていうと、不機嫌な顔を隠しもしないあっちのアーチャーが試しに触ってみたそうだ。
(よくやるよ……。不浄の塊みたいなあの門に……)
だけど、触れられることがわかっても、どんな攻撃が効くのか、嵌り込んでいる陸とイザナミに影響はないのか、そこまでは判明していない。
「は……、難しいな……」
「士郎?」
「どうにかして中と……、陸かイザナミか、どちらかと話ができればいいんだけどな……」
「ああ、そうだな。風穴を開けようにも、陸たちを傷つけては元も子もない。
……それに、どう仕掛ける。あれは不浄だろう? 穴を開けたところで、そこから不浄が溢れる可能性は大きい。それをどうにかしなければならないし、あの門を囲う結界が必要になるが?」
「結界か……、そうだな、それも必要だ。俺はもう魔術は使えないし、すでに結界を張る準備に取りかかってるらしいけど、遠坂と陰陽師の総動員だけでは完成させるのに時間がかかる……。
……俺は、そんな猶予はないと思うんだけど、アーチャーの見解は?」
「オレもそう思う。あれは不浄と同等のものだ。いくら陸でも、すでに丸一日あの中にいるというのだから、もってあと半日ほどだろう」
「時間がないな……」
気が急く。
早くしなければと焦るばかりで、解決策が浮かばない。
パイプイスの背もたれから身体を起こし、長机に肘をついた。
「陸……」
組んだ手に額を載せる。早く助け出したい。
不浄なんかに取り込まれて、苦しんでいないだろうか?
ケガはしてないだろうか?
痛みや辛さは?
不浄が磐座に現れた時の寒気を思い出すと、心配で仕方がない。
とにかく陸とどうにかして、連絡を……。
「士郎」
ぽん、と頭に載る温かい掌。
「そう思い詰めるな」
引き寄せられて、アーチャーの肩口に頭を預ける。
「陸が……」
「必ず助け出す」
「ん……」
手詰まり感が拭えないってのに、アーチャーが言うと絶対そうできる気がしてくる。ただの気休めかもしれない。だけど、その言葉だけでも、俺の心の拠り所にはなる。
「あ、あの……」
不意に色白な俺が、おずおずと声を発した。
「あの、遠坂から、聞いたんだ。あの中に捕らわれているのは、あんたたちの、その……、子どもだって」
アーチャーの肩に頭を預けたまま、しばし考える。
子ども……。
確かに引き取って、一緒に過ごした。だけど、親子かといえばそうでもない。陸の親は、加茂の惣領だ、俺たちじゃない。
「えと……、あの、ち、違った、かな?」
「あ、いや、改めて子どもだろって言われると……、その……、頷けないところがあるっていうかさ……」
「ご、ごめん、遠坂が、陸っていう子は、衛宮の名前を継いだんだって言ってたから、てっきり親子かと思って……」
「あー、えっと……、そういうつもりも、親子になるつもりも、なかったんだけどな……。なりゆきっていうか、えっと……」
どうにも説明が難しい。
俺もアーチャーも陸に衛宮の姓をどうこうなんて話したことはない。陸が自分で決めたことだ。俺たちも後から聞いて驚いたんだから。
「陸は、優秀でな。黄泉の女神を背負ったことはハンデだったのだが、それでも、士郎が外に引っ張り出して、オレたちとごく普通に過ごせば、すくすくと真っ直ぐに育った。陸は、オレたちの子とは言えないが、家族だということに変わりはない」
俺が言葉に詰まったからか、アーチャーが説明してくれる。
家族……、そうだな、それが一番しっくりくる。
「へえ……。そうなんだな」
色白の俺が屈託なく笑っている。
作品名:BLUE MOON 後編 作家名:さやけ