BLUE MOON 後編
こいつは、清浄そのものだ。醸し出す空気感も表情も、俺とは比べ物にならないくらいキレイだ。俺にこんな清浄さはなかった。俺はむしろ……、真っ黒っていうか……。
「……悪かったな」
「へ? 何が?」
きょとんとして、色白な俺は首を傾ける。仕草がいちいち愛らしい。あっちのアーチャーがほだされるのもわかる気がする。
つーか、俺のアーチャーは大丈夫だろうか……?
ちょっと不安になる。
「えっと、さっき……、酷いこと言っちまっただろ?」
「え? あ、いやいやいや、全然気にしてないよ」
照れ臭そうに笑うこいつは、俺とは全く違う道を歩んだんだろう。
「セイバーに師事したんだってな?」
「あ、うん」
ぱ、とその場の雰囲気が明るくなるような笑顔でこいつは答えた。
「ハハ……、お前のアーチャーの気苦労が、わかる気がする……」
こりゃ、大変だ……。
あーなっても仕方ない。
さぞかしヤキモキしてたんだろうな、現界してる時は……。
不機嫌に色白士郎の隣に腰かけたあっちのアーチャーを見遣ると、ふん、と鼻を鳴らしている。
(んでも、やっぱ、気にくわねーな……)
たぶん、俺とあっちのアーチャーは相性が悪い。俺のアーチャーとなら相性ばっちりなのに……。
「あらためて、頼むよ」
気を取り直して、頭を下げた。
「協力してほしい。陸とイザナミを助けるために」
「イザ……ナミっ?」
色白士郎が目を丸くする。
「あ、言わなかったか? 陸にイザナミが憑いてるって」
「き、聞いてないよ!」
白い頬を赤くして泡を食った色白と、呆気にとられるあっちのアーチャーに、
「そうだったっけ? んー、まあ、そういうことだから」
惜しみなく、笑顔で協力を依頼した。
いろいろとゆっくり話してみたいこともあるけど、とにかく目の前のことだ。 今持てる情報をまとめて、守護者とおまけ、っていう二人と意見交換をした。
あの羅城門に対しての知識は俺たちとさほど変わらない。まあ、俺たちが出てくる少し前に召喚されたらしいから、当たり前か。
「固有結界に持ち込んではどうだ?」
「いい案だけどな、無理だ」
「何か問題が?」
私の結界を疑うのか、とでも言いたげにあっちのアーチャーは訊く。
「いや、能力云々じゃなくてさ……、うまく持ち込めない気がするんだ」
「どういうことだ?」
あっちのアーチャーが訝しさを惜しげもなく眉間に溜めて訊いてくる。
「あの門、根差してる気がするんだよな……」
「根差す? 士郎、それは……?」
「なんとなくだけど、この土地からは離れられない。たとえそれがその場にあれば引き込まれる固有結界だとしても……」
「飛び梅……」
アーチャーがピンときたみたいだ。
「うん」
「とび、うめ……?」
「うめって、梅?」
あっちの二人が小首を傾げる。
「ああ、菅原道真の和歌だよ。東風吹かば……、ってやつ。あの梅の木がさ、京都から太宰府まで飛んでいったってフィクションがあるんだ。強い想いで木が飛ぶっていう」
「うんうん、それで?」
「それとは真逆だってこと」
「つまり、この場所以外の何処であろうと移動はしない、ということか?」
「なんで、そんなことが?」
「強い想いとか意思、怨念めいたものがまずあって、その上に不浄が絡んでる」
「不浄……、それは、いったいどういう……?」
「まあ、穢れ、みたいなものだ。神域では命取りになりかねない厄介なもの。浄化には神様の力を借りるのが一番いい」
「それは、見込めない。神などここにはいない」
あっちのアーチャーが皮肉に笑う。
「いるんだけどな」
「なに?」
「神様はいないけど、神様の力を借りられる」
俺のアーチャーを指せばあっちの二人は絶句している。
「な……んだと……?」
「けど、俺のアーチャーだけでは、な?」
アーチャーを振り仰ぐと、こくり、と頷く。
「オレ一人でどうこうするのは難しい。聖火や聖水を持ち合わせてはいないからな」
「うん。それから、あれは、門なんだ」
「見ればわかる」
「いや、見た目じゃなくてさ……」
あっちのアーチャーは、ではなんだ、とむっとした。
「門があちこち動くなんて、あり得ないだろ?」
「あ」
「む……」
「そういうことなんだ。だから、不浄を出さないように、風穴を開ける、っていうことが必要になる」
「凛たちが、今、あれを囲んで結界を敷こうとしているのは、やりやすい場を作るためではなく、漏れ出る、その不浄とやらを食い止めるため、ということか?」
「そういうことだ」
頷けば、あっちのアーチャーが呟く。
「不浄、か……」
「ああ、不浄な……」
頷きながら、不浄について考えを巡らせた。
(確か、人に反応するんだよな、不浄って)
なら、あの門もそうだ。
スサノオは、羅城門だと言った。羅城門は都の出入り口の門……。
「あれ? あの門は、なんのための門だ?」
ふと疑問が湧いた。
「なんの、ため?」
アーチャーが訊き返してくる。
「門ってことは、どこかに通じている。もしくは、どこかに出るんだろ? あの羅城門、いったいどこに……?」
「それは、あの世だろう」
「あ、加茂の惣領……」
遠坂の借り受けたプレハブに入ってきた人物は、俺の知る、何かと世話にもなった、現代の陰陽師の総本山、加茂家の惣領だ。
「まさか神域にいるとはな……」
「あー……、ご無沙汰です」
曖昧に笑えば、加茂の惣領も苦笑いだ。
挨拶もそこそこに本題に入ることにする。この人と盛り上がる話題なんか皆無。
「ところで、あの世って?」
「羅城門は平安京、都大路の大外の門。はじめこそきっちりと造られた門であったが、時が下るにつれ、内裏から遠い門は捨て置かれ、二度目の倒壊後は再建もされなかった。まあ、したくてもできなかった、というのが本当のところだろうが……」
「そうか。要するに捨てられて、忘れ去られたってことか……。って、それとあの世この世って話と、どういう関係が?」
「門の外は異界、内は人間世界。都人は……特に貴族は、門外の者を人として扱わず、異形、もののけ、と忌避していた節がある。実際、都の外は野盗などが跋扈していたために、武装でもしていなければ貴族は出られなかったのだろうがな」
「うーん。都人にとっては異界、か……」
同じ人間を身分の違いや住む場所で、人じゃないもの扱いとか、現代じゃちょっとありえないな……。今、そんなことを大々的にやったら、ただじゃすまない。
んで、そんな身分差別が原因で?
それだけで、昔から厄介だったっていうのか?
違うだろ……。
「あー、あのさ……、羅城門は曰く付きだって、聞いたんだけどさ、」
腑に落ちなくて、スサノオに聞いたことを加茂の惣領にぶつけてみた。
「そんなことまで知っているのか」
少し驚き、少し呆れた感じで加茂の惣領は話しはじめる。
「羅城門は、倒壊する以前から、すでに死臭のする場所だったようでな……」
門前に打ち捨てられるだけじゃなく、門の上層に死体が置き去られて、都の大門とは名ばかりだったらしい。平安京としてこの地が都となっていても、羅城門はほんとに最初の頃にしか存在しない。
作品名:BLUE MOON 後編 作家名:さやけ