BLUE MOON 後編
平安京は、唐の都・長安を真似て造ったらしいけど、長安にある羅城なんてものすらこの国の都には存在しなかった。平安時代はずっと平穏無事とも言い切れないけど、国外の敵からは守る必要性がなかったから、羅城というものが存在しなかったんだろう。
まあ、そんな財力も物資も人足も集まらなくて、何より広大な更地がなかったってのが、ほんとのところかもな……。
「そういう場には、人以外にも、あらゆるものが集う。ただ、そんな死臭の漂う場だったというだけならば、千年あまりのうちに何者かの手によって浄化なり、調伏なりが施されていただろう。だが、あの場には門がある」
「門……」
「羅城門という、特大の門が一度あの地に根ざした。ということは、わかるか?」
「“門である”って、属性ができるってことか?」
「そういうことだ。したがって、あちらとこちら……、あの世とこの世、などと呼ばれ方は様々だが、混じってはならない世界があの門を境界にしてしまう。その狭間であの門は、力を溜め込んでしまった、ということだ……」
それが忌神クラスの不浄になった原因か。
「だけど、なんで今なんだ? そんなんだったら、もっと早くこんな状態になったかもしれないだろ?」
「そこまでは我々にもわからない。ついに飽和状態になったか、あるいは、なんらかのきっかけがあったのか……、とにかく、陸だけが門に捕らわれた、ということは、」
「イザナミか!」
「そういうことだろう」
加茂の惣領は、苦虫を噛み潰したみたいな顔で言う。その表情を俺は量りかねた。
「惣領、一つだけ訊いておきたい」
「なんだ?」
「今、あんたが心配してるのは、陸か、それとも、イザナミの起こす災厄か」
「…………」
「どっちもだ、なんて、優等生な回答はいらない。あんたの本心は、どうなんだ」
「は……。あの頃ならば、災厄だと言い切っただろう。だが、陸は我々陰陽師の仲間であり、貴重な存在であり……、いや、それ以上に、引き取った養子とはいえ、我が子に変わりない。陸は、今や我ら陰陽師には欠かせないエースでありホープだ。失うわけにはいかない。……これは、答えになるか? 衛宮」
そうか……。
なんか、スッキリした。
この人も複雑な立場の中で、陸をきちんと見ていたってことがわかった。
「十分。……安心したよ。あんたはやっぱり、陸を愛してるんだ、ってな」
「愛……、い、いや、私は、だな、」
「はいはい、照れんなって! 陸はいい子だからなあ、かわいいよなー」
「おい、衛宮! くだらないことを言っていないで――」
「もちろん、取り戻す。俺にとってもアーチャーにとっても、陸は大事な家族だ。それだけは変わらない。こんな人外のものになり果てていてもな」
複雑そうな顔をして、加茂の惣領は頭を下げた。
「……頼んだぞ、衛宮、あの子を必ず取り戻してくれ」
こんな惣領を見るのは初めてで、驚くとともに、陸は愛されているんだとわかった。俺たちが手も足も出ないなんて、泣き言を言ってる場合じゃない。
「アーチャー」
「ああ」
「取り戻すぞ」
「当たり前だ」
たぶん、俺たちは笑っている。不遜にも見えるような、自信満々の顔で。
諦めるとか、ありえない。捨て置くなんか、もっとない。俺たちの家族を取り戻す。
アーチャーとプレハブを出て黒い門へと向かった。
仮眠を取っていた遠坂は結界の進行具合を確かめに行っている。目を覚ましちまったから、仕方なくひなたを連れて……。
ひなたもひなただ。こんな危険な所にいないで、ホテルに戻ればいいってのに……。
無茶をしないようには言ったけど、絶対俺の言うことはきかないだろう。なんたって遠坂を見て育ってんだ、俺に御することなんかできない……。
「は……」
気を取り直して、羅城門を見上げる。黒々とした門は、寒気を感じさせる。
「士郎、大丈夫か?」
「ん。中に山のおっちゃんからもらった薄物を着てる。それから、風の神様が吹き流してくれてるみたいだ」
アーチャーは、だったら問題ないなって、頷いた。
この門が昨夜現れて、それから、あちこちの行政機関に手配をかけ、明け方には、ここいら一帯は封鎖されたらしい。さすがはこの地に根ざした陰陽師たちだ、うまいこと行政を動かす術を心得ている。
「あの……」
俺たち同様、黒い門の前にいた色白のシロウが控え目に声をかけてきた。
「俺たちも、手伝うから、その……、遠坂に、喚び出されたんだけど……、俺も陸って子に……、あんたたちの後継者って子に、会ってみたいって、思った」
「そっか」
俺の顔色を窺いながら話す姿が子供っぽくて、なんだか、弟みたいに見えてきた。つい、赤銅色の髪を撫でてしまう。
「おい!」
すかさず、あっちのアーチャーがシロウを引き寄せる。誰にも触らせたくないんだなぁ、こいつ。
「じゃあ、頼むな。そっちの保護者さんも!」
「む……」
眉間にシワ寄せて、ほんっと、あっちのアーチャーは不機嫌さを隠しもしない。
あ、それは、俺のアーチャーも、だな。
「士郎、今、よからぬことを考えたな?」
「は? いや、な、ななな、何も! なに言ってるんだよ、アーチャー、おかしなこと言うなよー、はははは……」
何故にこいつ、こんなとこばっか鋭いんだ……。
「ほ、ほら、とにかく、協力し――」
言いかけたことを飲み込んで振り返る。背後に何かが現れた。
人影だ、それも二つ……。
「嫌な予感しかしない……」
「オレもだ……」
アーチャーが頷く。
聞き覚えのある声がする……。
「――――――士郎、これのようだ」
「みたいだな」
「門のようだな」
「うん」
「一閃でいけるか?」
「あんたの腕次第だろ?」
「言ってくれる」
苦笑いを浮かべたそいつは、生成りの外套を翻した。
「では、」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、待ったぁっ!」
明らかに何かよからぬことをしようとするそいつらを慌てて止める。
「なんだ、貴さ……ま……」
「え? うわ……」
目を丸くしたアーチャーらしき守護者。それから、なぜかうんざりした顔の高校生くらいの俺……。
またしても、どこかの衛宮士郎とアーチャーが召喚されている……。
「あのー……、つかぬことを、訊くけど……、衛宮士郎、だよな?」
どこかのアーチャーと高校生の俺が頷く。
「誰が召喚……、つか、その前に! 服を着ろっ!」
高校生の俺が、赤い布を首元から胴、腿までに巻き付けただけの姿にうんざりする。
「てめーの趣味か!」
すぐさま傍らの守護者に噛みつく。
ありえる事だ。アーチャーなら、ちよっと残念な趣味があることも否定できない。
「士郎、また、よからぬことを考えたな」
「はうっ!」
背後からの圧がすごい……。
視線が……鋭い……。睨んでる……。アーチャーが……、すげー後ろで睨んでる……。振り向けない……。これは、絶対振り向いたらダメなやつだ……。
「む? いずれかの世界の衛宮士郎のようだが……。剣を持っていない? 貴様、内包した剣はどうした?」
変態趣味のアーチャーが目の前で変なことを訊く。
「おい、アーチャー」
高校生の俺が変態趣味のアーチャーをなんだか複雑そうな顔で見ている。
「剣はどうした?」
作品名:BLUE MOON 後編 作家名:さやけ