BLUE MOON 後編
繰り返し変態趣味が訊いてくる。
「そんなのとっくに吐き出しちまったけど?」
「吐き出し……」
磐座の入り口に広がった剣の荒野に、俺の吐き出したすべてが置いてある。だから、俺の中に剣はない。こいつがどうしてそんなことを訊くのかがわからないけど、訊かれたから正直に答えておいた。
「どういう仕組みだ……」
新たに現れた変態趣味のアーチャーは困惑顔だ。目の前で首を捻って、うんうん唸っている。その横で、そいつを睨んでる高校生な俺……。
なんだこれ……?
明らかに嫉妬を含んだ目をしてる。
頼むから、そんなあからさまに、妬いてますって、顔するなよ、高校生の俺……。
「アーチャー、また連れ還ろうとか思ってるだろ」
え? この変態、拉致の常習犯?
「いや、思っていない。私は士郎がいればいい」
高校生な俺を引き寄せて、いきなり目の前でいちゃいちゃモードだ……。
「はぁ……」
なんだってこう、鏡映しみたいな関係なんだ、どこの世界でも俺とアーチャーは……。
ちょっと……、ほんと、なんかいろいろ考えたくなるけど、後だ後!
「で? あんたらも、こいつをどうにかする任務か? 誰かの召喚なのか?」
いろいろとじっくり話し合いたい、っていうか、説教したい気もするけど、気を取り直して、今、早急に対処に当たらなきゃならないことを念頭に引っ張り出してくる。
「いいや、守護者としてここにいる。お前たちもそうか?」
変態趣味のアーチャーは、高校生の俺を片腕に抱きながら普通に会話をしてくる。そっちの俺の腰を撫でながら平然と話をするんじゃねえよ……、とは言わず、
「これをどうにかするためだけど、俺たちは守護者じゃない。あっちのは遠坂に召喚された保護者とシロだ」
「ちょっ、な、なんだよ! その飼い犬みたいな呼び方!」
シロが真っ赤になって言い募る。
「白いから」
俺とアーチャーが、うんうんって頷くと、
「なるほど」
「ふーん」
こっちの二人の同意する声がした。
「だろ?」
俺の意見に頷く二人に加勢をもらえば、シロは拗ねたみたいだ。あっちのアーチャー=保護者の肩に頭を預けた。
「「「「ガキか……」」」」
揃ったつっこみに保護者は、鋭い目を向けてきた。
「これ以上、こいつを傷つけるなら、その門の前に、貴様らを消すぞ」
あいつが静かに吐く脅しに怯む奴なんか、ここにはいない。だいたい、元が同じの存在で、この中の誰がすごんだって屁でもない。
けど、やっぱ、カチンとくる。
「上等じゃねーか、いっぺん、」
「士郎、やめろ」
乗り気になったところでアーチャーに止められた。
「今はそんなことをしている場合ではないだろう」
「あ、そうでした」
ダメだ、保護者アーチャーには、ついついカッとなっちまう。
「そっちの変態趣味、あんたはどう対処するつもりだ?」
あらためて訊けば、
「変……態……」
「ぶふっ! 変態って、あんた、くく、く……」
目を瞠る変態趣味と笑い出す高校生。
「士郎……、いくらなんでも、オレも傷つくぞ……」
俺のアーチャーにも恨みがましく睨まれる。
「だって、変態じゃないか、あんな布だけなんか」
赤い布だけの高校生の俺を示せば、そうだろうが、とアーチャーも否定はしない。
「ただ、同じ顔貌の者を変態呼ばわりされるのは、やはり……」
「うん。俺のアーチャーは、違うからな! 変態趣味じゃなくて、あきらかな変態だから」
「貴様……」
「あ……、口が滑りましたー、そんなこと、欠片も思ってませーん」
今さら遅いけど、棒読みで言い訳だけはしておく。
「フ……、帰ったらどうなるか、覚えていろよ?」
「ははは……、俺、記憶力悪いしなー」
適当なことを言って濁してみたけど、アーチャーの浮かべる満面の笑みは、笑ってなんかない。
あー、お仕置き決定だな……。
「まあ、いろいろ、置いといて。とにかく、どうする、守護者」
変態趣味のアーチャーに訊けば、こいつも気を取り直したみたいで、仕事モードに切り替えた。
「切る」
「は?」
「士郎」
高校生の俺を呼んだ変態趣味のアーチャーは、そいつに手を差し伸べ、高校生の俺はというと、その姿が薄れ……。
「え?」
「な……」
変態趣味のアーチャーの手には、ひと振りの剣。
「士郎は私の剣だ。私に振りかかる不浄なものを祓う、魂極る剣。であれば、この門も切れる」
「剣に……、俺が……剣?」
呆けているうちに、変態趣味のアーチャーは、俺であった剣を振りかぶった。
「は? ちょっ! やめろ!」
止める間もなかった。
あの変態野郎、水気を発した、俺であった剣を勢いよく薙ぎ、黒い門は清浄な斬撃をまともに受けた。
「ばっかやろ! てめえっ! 何してくれてんだ!」
まだ不浄の対策もできてないってのに!
「アーチャー、結界の発動を遠坂に! おい保護者、漏れ出る不浄をどうにかしろ! それから守護者もだ、不浄を切れ!」
「言われずとも」
変態守護者のアーチャーがさらに剣を薙げば、水気が迸り、形を保てなくなった靄を打ち消していく。
「くそっ、陸、イザナミ、無事でいろよ、真っ二つなんか、シャレんなんねえぞ!」
上半分を失った黒い門へ駆け寄ろうとすれば、
「士郎!」
アーチャーに後ろ襟を引っ張られ、たたらを踏んだ。
「アーチャー! 何す――」
「不浄に触れるな!」
「あ……」
あまりの急展開に、自分のことを忘れていた。
「多少のことならばスサノオがどうにかするだろうが、手の施しようのない状態になれば、どうなるかわかっているだろう!」
「ご、ごめん、つい」
「まあ、お前がこの状況で周りが見えなくなることはわかっていた。その点はオレが配慮する。とにかく、あれをどうにかしなければな」
アーチャーの指し示す先を見据える。
「同感」
ぶった切られた門の上部がなくなり、黒い靄が溢れるように広がりはじめている。
「遠坂には?」
「ああ、伝えた。地上から五十メートル程度は結界で押さえられるそうだ」
アーチャーの返答を聞いてるうちに、黒い門の下部を囲むように結界が作動した。
「よし。じゃあ、蓋だな」
蓋を閉じなきゃ、不浄は結界の壁を越えて漏れていくだけだ。
(そうなれば、この街は……)
容易に知れるその先を、頭を振ってかき消す。
「風の神様、頼むな」
左手を突き出し、刻印を天へ向ける。
「結界上部から、不浄を押し込めてくれ!」
左手の甲に現れた半透明の翼が、一気に夜空へ飛んでいく。上空で巨大化した半透明の翼は、結界を囲うように覆いかぶさった。
「しばらくは、もつ。その間に……」
黒い門の、残った下部に目を向ければ、靄の中のそこには、俺たちの目的がいる。
「陸!」
結界の側まで駆け寄り、声を張り上げた。
◇◇◇忘レル勿レ◇◇◇
『陸や……、陸……』
声をかけることをやめれば、陸が呑み込まれてしまいそうで、伊弉冉尊はひたすらに声をかけ続けた。
『陸……妾の……陸……』
頬を撫で、慈しむように髪に頬をすり寄せ、ただ陸を留めようと努める。
伊弉冉尊はこの人間を失いたくなかった。神であり、黄泉の女神であり、忌神である伊弉冉尊は、ただ陸という人間に執着していた。
作品名:BLUE MOON 後編 作家名:さやけ