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BLUE MOON 後編

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 もうそれしかない、と。
 確かにそれしかない。
 他に思いつく手もなく、時間もない。
 陰陽師たちも凛も後方に避難した。準備は整っている。
 守護者たちも位置についた。
 士郎の傍らに立ち、いつでも対処できるよう、スサノオの神気を身に溜めておく。
 行くぞ、と士郎がオレを見上げた。頷けば、士郎も顎を引いて頷く。
「風の神様! いったん戻ってくれ!」
 士郎の声とともに、結界の上部の蓋が外れ、膨れ上がった濃い瘴気が溢れていく。
 士郎の左腕に戻ってきた風の神は螺旋を描いて士郎に取り巻き、臨戦態勢のままだ。
「いくぞ、風の神様……」
 すぅ、と士郎が息を吸い込むと同時に、取り巻く風が強くなった。
「全開で、盾だぁっ!」
 士郎の突き出した左手の甲を中心にして、半透明の翼が広がり、巨大な盾となって瘴気を押し留めた。そうして盾は左右に割れ、我々の前には、一本道のように陸の許へと盾が隙間を開けていく。
「守護者ぁっ! お前の剣の最大出力で、瘴気を浄化しろっ! 保護者とシロ! セイバーの剣を構えとけ! 俺たちが戻ったら、最大級のエクスカリバーぶっ放せ!」
「えっ? でも、そんなことしたら、」
「自分の身は自分で守れよ! そこまで面倒見きれねえからなっ!」
 慌てる色白の衛宮士郎に言って、士郎はオレを振り返る。
「アーチャー、陸とイザナミを!」
 駆け出す士郎とともに、黒い物体に身体のほとんどを取りこまれている陸の許へ向かった。
「陸!」
 駆け寄ると意識がない。だが、顔色は悪いものの呼吸はしている。どうにか無事なようだ。
「んだっ、これ!」
 黒く硬い物体に、陸はその身体のほとんどを埋めている。
 士郎がその黒い物に触れようとするのを止めた。
「アーチャー?」
「オレがやる。お前は触れるな」
 見た感じでは、石やタールのようだと思ったが、これは木だ。木の幹が陸を覆っている。そして、これは不浄そのものだ。士郎に触れさせるわけにはいかない。
「っ……わかった」
 ここは素直に聞き分けた。士郎とてこの状況で言い合う気はないようだ。
 剣を投影し、陸の身体を傷つけないよう慎重に幹のような黒い不浄を裂いていく。
「イザナミは、大丈夫なのか?」
 手持無沙汰なのか、陸の傍に座り込んだイザナミに士郎が確認している。
『妾は、大事ない』
 相変わらずの冷え切った声だ。姿もやはり寒気を感じさせる。だが、どこか放心しているように見える。
「そっか。ありがとな、陸を守ってくれてたんだろ?」
『妾は……どうにも……できず……』
「イザナミ? どうし……」
 士郎が言葉を失ったことに、木の幹を剣で剥がしながら目を向け、オレも驚いた。
「イザナミが……、泣いている……?」
 思わず呟いてしまう。信じられない、というよりも、泣くなどという反応ができたのか、と驚きが半端ではない。
「恐かったのか? それとも、ほっとしたか?」
 士郎は膝を折り、イザナミに正面から向き合った。
『何を言うておる、妾は……』
 その頬に触れ、士郎はイザナミの涙を拭った。驚いたように瞬くイザナミは自分が泣いていることに気づいていなかったようだ。
『な、何を……、妾は……』
 動揺している……。
「ん。よかったよ、無事で」
 士郎は、イザナミの頭を撫で、抱き寄せ、背中をぽんぽんと子供をあやすように、イザナミを宥めている……。
『何を……するか、人の……』
「うん。不安だったんだな。もう大丈夫だからな」
『…………』
 こうなると、黄泉の女神も忌神も、ただの少女と変わらない。
(士郎、それは、一応、黄泉の女神だぞ……)
 呆れながら思うが、ふ、と笑みが漏れる。もう笑いが漏れるのは仕方がない。相変わらず士郎は、神を神とも思わぬ扱いだ。磐座の神々もこういう士郎だからこそ、誑しこまれるのだろう。
 呆然としたままのイザナミに苦笑を噛み殺しつつ、ようやく木の幹を剥がし終え、意識のない陸を抱える。
「士郎、行くぞ。風の神もいつまでもつかわからない、長居は無用だ」
「ああ」
 先ほどから、ぎちぎち、と軋むような音が響いている。風の神の盾とはいえ、この状態は些か無理があると思う。たとえ黒い靄が守護者の浄化で薄れていても、ここは、あの門のあった場所だ。不浄の中枢と言っても過言ではない。こんな所、何が起こるかわからない。すぐに退散するに限る。
 士郎がイザナミの手を引き、陸を抱えたオレも門の影響下から出るべく駆けだした。
 剣となった衛宮士郎の斬撃と水気が瘴気を浄化していくのが見える。すでに、セイバーの剣を投影した二人は構えている。
 我々が安全圏まで退いた途端、眩い光の斬撃が黒い門のあった箇所に放たれた。

 閃光は夜空に消え、やがて、あたりは静寂に包まれる。黒い門がそびえていた場所には、黒く焦げたような老木が残っていた。
「は……、どうにか、だな」
「ああ」
 顔を見合わせ、陸をそっと地に下ろした。
「陸……、おい、陸?」
 頬を軽く叩いて意識を確認すれば、睫毛が震え、僅かだが瞼が上がった。
「よかっ――」
 はっとして顔を上げたが、遅かった。
 陸を取り返そうとでもいうのか、黒く鋭い木の枝が迫っている。咄嗟のことでアイアスも間に合わない。
「っく」
 そいつに貫かれる覚悟で、その衝撃に備え、陸を庇うオレの前に立ち塞がる者が――、
「士郎!」
 馬鹿な……。
 血の気が引く。頭の中が真っ白になった。
 呆然とその背を見ているしかない。
 いつかもオレはこの背中を見送るだけだった。血を流しながら、衛宮邸の庭へと向かう背中を、引き止めることもできず……。
 最悪の既視感に、冷たい汗が皮膚を濡らす。
(自らを盾にするなど……)
 冗談じゃない!
 いくらなんでも、こんな終わり方があるか?
 オレはまた失うのか?
 また、あの日々のような――、
「だーいじょうぶだって」
「な……?」
 にやり、と笑う、振り向いた横顔。しばし、言葉が出ない。
「なに、びっくりしてんだよ」
 笑う士郎。
 安堵するとともに、怒りが湧いた。
「……っの、たわけ!」
「風の神様が盾になってくれるって、知ってるだろー?」
 怒られるのは心外だ、と士郎は肩を竦める。
「そ……、そういう問題じゃない! この、たわけがっ!」
 この一瞬のうちにオレが駆られた焦燥を、百倍増しで味わわせてやりたくなった。



***

「貴様っ!」
「悪かったってぇ! けど、お前も知ってるだろ、風の神様がちゃんと――」
「それでもだ!」
 アーチャーが歯軋りしながら訴えているわね。そして、士郎はアスファルトの上に正座って……。
(相変わらずだわ、あいつらは……)
 ため息が出る。だけど、それは、どこかおかしみを含んでいる。
「……あー、……うん、ごめん。ごめんな、アーチャー」
 言いながら士郎が立ち上がった。
 もうお説教は終わりかしら?
「おい、誰が立っていいと言った!」
 まだみたいだけど、言い募ろうとしたアーチャーの頬に触れて、その頭を引き寄せて、士郎はその背中を撫でている。
「この……、こんな、ことで、誤魔化そうなど……っ……」
「うん。ごめんって」
 士郎の肩に顔を埋めて、アーチャーは士郎の背にその腕を回した。
作品名:BLUE MOON 後編 作家名:さやけ