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BLUE MOON 後編

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「ならば、片付けるぞ」
 きっぱりと言い切る声。
「な……っ」
 陸の腕を取ったのはアーチャーだ。
 陸を立たせるアーチャーを信じられない思いで見上げる。
「なに……言ってんだよ! んなこと、今、陸にやらせるわけに――」
「士郎」
 アーチャーの静かな視線は、俺の制止なんか聞かないと言っている。
「なん……だよ、そんな顔したって……」
 こういう時のアーチャーが引かないことくらいわかる。だけど、陸は立つのもやっとの状態で……。
「士郎、陸を信じろと言っただろう?」
「けど……」
「士郎、おれ、もう子供じゃないよ」
 にこり、と笑う陸に、何も言えなくなる。
 むかつく。
 こいつら、なんか、親子っぽい。
 すげえ、疎外感……。
「……ぶっ倒れても、知らねえぞ」
 俺は大人げなく不貞腐れるしかなかった。



◇◇◇導者と守護者◇◇◇

「あれか……」
 月光に照らされる甍の上に立ち、西方の眼下を見下ろす。
 東寺・五重塔の最上段の屋根の上には、二つの影が立っていた。
「人間じゃない……」
「ああ」
 短く応答した男は生成りの外套を翻し、片腕で抱き寄せる者に頷く。
「今回は、俺の仕事のようだ」
「お前の?」
「うん。導かれるのを待っている」
 言って、男の腕から抜け出た者は、屋根の端へと歩き出す。
「おい、気を付けろ」
「何を言う。俺も英霊だ。それに、落ちたとしても、受け止めてくれるだろう?」
 振り返り、薄く笑みを浮かべた者は、白い外套を風に靡かせ、右腕を肩の位置まで上げた。
「導きに応えてくれ、数多の魂……」
 小さく光る粒と黒っぽい靄とが綯い交ぜの眼下へ向けて発せられたのは、導きの声。
「アーチャー、道標を創ってほしい。照準は、俺が合わせるから。向こうへ……」
 淡々と白い外套の男は生成りの外套の男――アーチャーを呼び、南西を指さす。弓を投影したアーチャーは、剣をつがえた。
「士郎、この辺りか?」
 白い外套の男――士郎は弓を構えたアーチャーの左側に立ち、その腕にそっと手を添え、照準を合わせる。
「ここで」
 アーチャーは頷き、士郎の合図とともに剣が放たれた。
 青白い光が一筋の閃光となり、夜空へと伸び、やがて消えていく。
「終わったのか?」
「うん……。ああ、なんだ、そういうことか……」
 納得したように士郎は独り言ちた。
「どうした?」
「うん。ずいぶん簡単に導きに応えると思ったら、誰かが、送っているんだ」
「送る?」
「ああ、うん。風が、花とともに……」
 士郎の指さす眼下では、淡い桜色の花弁が舞っている。
「あの風を、誰かが」
「そうか。下に魔力の反応がある。魔術師か、それと似たり寄ったりの者か、あるいは、我々のような召喚者か……」
「そうだな」
 ふ、と士郎はアーチャーを見上げて微笑む。
「そいつらのおかげで、仕事が早く終わったな」
「ん。遠坂とセイバーに、お土産でも探そうか?」
「ああ」
 五重塔の屋根に腰を下ろし、天へと向かう花弁を眺める。
「いい花見だ」
「うん」
 士郎の肩を引き寄せ、アーチャーはそっと口づける。
「アーチャーは、すぐこれだ」
 頬を染めながら士郎は照れ隠しに不機嫌な声を上げた。



◇◇◇花と舞え◇◇◇

 陰陽師たちの呪が詠まれ、真っ黒の桜の古木の浄化がはじまった。
 老いた桜の古木は、異様な姿を晒している。
 桜の樹皮はほとんどナリを潜めて、曲がりくねった枝や、デコボコの幹は、まるで異形そのものみたいに見える。
「確かに京都には、観光客が年がら年中、山ほど訪れてるな……。元々、都として聖地になったこの土地は、祀る者が居なくなって、踏み荒らされて……」
 古の都は、今となっては観光客の絶えない人の巣窟。
 人が集まることが決して悪いことだとは思わないけど、何か忘れている気がする。何か、もっと大事なものがあったはずだと思えてしまう。
 やるせなさに、ため息を漏らした。
 この桜の古木は、忘れられていくものの想いを一身に受け取ってしまったんじゃないかと思う。枯れていくばかりの自身を、花を付けなくなって見向きもされなくなった自身を、この古木は嘆いたんだろう。
「主恋しさに飛ぶ梅、忘れられて悲しむ桜……」
「様々だな……」
「うん……。植物に感情があるなんて思わないけど、そんな逸話が残るほど、人は植物を愛して暮らしてきたんだろうな……」
 だから、想いを溜めこむ。向けられた愛情を返そうとしても、それが互いに通じるはずもなくて……。
 どちらも一方通行の身勝手な想いだ。そして、そんなことはこの世に溢れかえっている。
 この古木に引き寄せられたいろいろな想いは、魂みたいなものなのか?
 ここに留まってしまって、浄化されて消えるしかない魂……?
 だったら……。
「風の神様……」
 俺の身体を一巡し、四方へと一気に風が吹き抜けていく。
「士郎?」
「うん。送ってやってほしいって、頼んだ」
 俺の視線の先へアーチャーも目を向ける。四方へ飛んだ風は、やがて、花弁を連れて戻ってきた。
 浄化されていく黒い古老の桜を、一緒に群がっていた想いや魂を、天へと誘う風。
 淡い桜色の花弁が風に巻かれて舞い上がった。
「桜……か……」
「ああ。ちょうど、散りはじめてたからさ……」
 あちこちで咲き誇っていた桜が風に導かれ、天へと誘われていく。
 一緒に古老の桜の想いと、様々な想いを連れて行ってくれればいい。
 パン!
 一つ柏手を打つ。大きく辺りに響いて、空気が変わった。
(俺にもまだ、このくらいの能力(ちから)はあるのか……)
 人ではなくなった俺にも、人の最小限の邪祓いができるみたいだ。
 音を鳴らして邪を祓うというのは昔からやられていたことだ。手を打つ、というのは、最小にして、誰にでもできる邪気を祓う行為。
「陸、祝詞!」
 短く言えば、陸は頷き、パン、パンと柏手を二つ打つ。さらに空気は変わった。
 さすが、稀代の陰陽師。俺とは比べ物にならない。
「たかあまはらにかむづまります かむろぎかむろみのみこともちて……」
 陸の明朗な声が響く。
 祓の祝詞を選んだ陸は、これが合うと思ったんだろう。さすが、としか言いようがない。
 どの祝詞だ? なんて訊き返そうものなら、陰陽師なんか辞めちまえって怒鳴るところだった。けど、陸にそんな隙はなかった。
(陸、大人になったんだなぁ……)
 しみじみと思う。
 三人で過ごした日々は、今も俺の心にある。アーチャーにも、それから、陸の心にも……。
 その日々が今に繋がっている。大人になった陸に、確実に歳を経ている遠坂に、これから自分の道を歩き出すひなたに……。
 俺は、忘れない。磐座で幸せを噛みしめていても、あの日々をなかったことになんかしない。
 風に巻き上げられていく花弁。
 花弁に乗せられていく御魂。
 忘れられたモノたちの、たくさんの想いが夜空の丸い月に吸い込まれるように昇っていく。
 一筋、閃光が夜空を切り裂いた。途端にそちらへと花弁が流れていく。
(あいつらが?)
 守護者か保護者か、前の閃光は、アーチャーの放つ剣に似ていた。
(あいつらもちょっとは情緒ってものがあるんだな……)
 ただの殺戮者じゃないってことがわかった。
作品名:BLUE MOON 後編 作家名:さやけ