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第二部9(82)パンドラの箱

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「こないだね。偶然なのだけど、ヴィルクリヒ先生に出会ったんだ」

一頻りの睦みあいの後、マリアの部屋の小テーブルで食後のお茶をゆっくりと味わいながら、ダーヴィトが早速先日の出来事を切り出した。

「!!先生が?…あの二人はまだレーゲンスブルグにいらっしゃるの?」

マリア・バルバラの黒い瞳が驚いたように一まわり見開かれた。

「いや。レーゲンスブルグにはいないようだった。よその土地から…頻繁にお忍びでレーゲンスブルグに戻って来ては…ヤーコプとコンタクトを取っているようだった」

「そうなの…」

「それで―、今回先生に会って分かった事がいくつかあった」

― まず第一に、先生は、やはり校長と繋がっていたよ。俄かには信じられないかもしれないが、どうやら校長とヴィルクリヒ先生は、血縁関係―、祖父と孫の関係らしい。そして、ヤーコプとヴィルクリヒ先生は主従関係にあったようだ。ヤーコプ、先生の事を…エルンスト…と呼んでいたな。ヤーコプの父親が以前フォン・ベーリンガ―家の執事だったとすると、そこから察するに先生はフォン・ベーリンガー家の人間なのだろう。そうすると、ヘルマン・ヴィルクリヒ…という名前は、偽名なのか…?それから第二に、ヤーコプが…この家の事を逐次校長に伝える理由も判明した。

「…それは?」

「先生は…「復讐だ」と言っていた。そして…「校長に気をつけろ」…ともね。「復讐」というからには、その動機は不明だけど、校長先生とヴィルクリヒ先生、それからヤーコプはこの家に何らかの恨みを持っているという事だよね。ただ、あの三人は…どうやら一枚岩ではないらしい。密かに「復讐」の機会を狙っている校長と…愛し合って結ばれた伴侶と新しい人生を歩み出して復讐を放棄したい先生。そしてその板挟みになっているヤーコプ。…しかもヤーコプはどうやら…失礼だけど仕える主があの二人の他にもう一人いるようだ」

「それは?」

「…アネロッテさんだ」

「それは…、だってヤーコプはアネロッテのお気に入りの使用人だから…」

「それだけならばいいのだけど…。…何だか、最初はユリウスの事―、彼女の失踪の件で相談に乗っていたのに…、とんだ藪蛇…どころか、どうやら僕らはとんでもないパンドラの箱に手をかけてしまったようだ。…ねえ、マリア。これから、どうする?あなたはどうしたい?」

真顔で尋ねたダーヴィトの真剣な目をじっと見つめて少し考えたあと、マリア・バルバラは落ち着いた口調で答えた。

「…うまく言えないのだけれど、そして今は根拠もないのだけど…。そのパンドラの箱は…私に、いえ、アーレンスマイヤ家の者に開けられる時を待っていたような気がするの。私達姉妹―、私なり、アネロッテなり…そしてユリウスなり、誰かがこの箱を開けるのは、きっと宿命で必然なのだと私は思う。…あなたこそ、ここから先は…その箱からどんな厄災が飛び出すかは分からない。これ以上関わると、その厄災の巻き添えになるのは…恐らく避けられないわ。…引き返すならば、今よ?」

マリア・バルバラの意志的な顔に思いつめた表情が浮かぶ。
そんな彼女の肩から力を抜かせるように、ダーヴィトは彼女の白い頬に手を伸ばし、そして柔らかな頬を長い指で軽くつまんだ。

「もう!ダーヴィト。私は真面目に―」

「パンドラの箱には…確か厄災の他にも、何か入っていたよね。…あなたが、この悪趣味なゲームから下りないのであれば、ぼくも同じだ。…あなたとこのパンドラの箱の中身を全て見るまでは、このゲームからは降りるつもりはないよ」

「希望…だったかしら。無鉄砲な人ね…」

「それは君も同じだ」

マリア・バルバラの白い頬をつまんだ指が、彼女の整った顔を引き寄せ、二人はそっと唇を合わせた。



「―兎にも角にも、まずは僅かだけどとっかかりが出来た校長先生と、ヴィルクリヒ先生。この線から当たっていこう。取り敢えずこの二人の事から炙り出されたのは、フォン・ベーリンガー家だ。マリア、この家の事、どこかで聞いた事があると言っていたけど…あれから何か思い出せた?」

「…いいえ。ごめんなさい」

マリア・バルバラが申し訳なさそうに答えた。

「じゃあ、この家に関しては…ぼくもちょっと調べてみるかな。それから…今まで復讐らしき出来事…例えばアーレンスマイヤ家の人間が何か不審な事件や事故に巻き込まれたりとか…そういうことは、なかった?」

「…そうね。不審といえば…父と母の死は不審と言えば不審…と言えるかもしれないわ。母は持病もなくまだ若かったのに、突然の心臓発作でこの世を去った。…父にしても、長い事寝たきりではあったけれど…あの時は病状は比較的安定していて意識もしっかりしていた。…だからこそ、私と弁護士を呼んで…何か大事な話をしようとしていたのよね。症状が急転して亡くなったのはその矢先だったわ」

「他には?」

「他に?あ、そういえば。あなたも知っている筈だけど、去年のカーニバルの時にユリウスが舞台の上で事故に遭って…腕を負傷したわ」

「ああ。そういえば…。あれは小道具の剣が本物にすり替わっていたんだった。…幸い軽症で済んだが、もしあれをまともに受けていたら…」

「あれも…もしかしたら」

「…そもそも、あの剣を本物にすり替える必要性など…どこにもないからなぁ」

「ユリウスと言えば…そういえば」

― あの子ね、ヤーコプを調査したときに、ヴィルクリヒ先生の事も調べさせた…と言っていたわ。…だけど、先生については…陸軍情報局をしても何も情報を得ることが出来なかった…と言っていた。そのときに「何も分からないということは、だからこそ何かあるのです」とか言っていたわ。もしかしたらあの他にも何か思い当たる節があったのかもしれない。

「何もないからこそ…何かある…か。鋭いな…」

この街を去っていった男装の美少女の、怜悧な横顔が脳裡に蘇る。