第二部23(96) 嵐の後
「やあ、朝食まで振る舞って頂けるとは、思ってもみませんでしたよ。…恐縮ですな」
食堂へ入ると、二人の客人―。アーレンスマイヤ家の主治医と帝国警察の刑事は既に着席して、朝食の給仕を受けていた。
「いいえ。お気になさらず。…この屋敷を出るまでは、休戦協定中ですわ」
「ハハ…。休戦協定、か。あんた、お嬢様の割にはなかなか言うな」
「褒め言葉と、受け取っておきますわ。…先生も、夜を徹しての救護、ご苦労様です」
「いいえ。あの計画を聞かされた時から、ある程度の覚悟はしてまいりましたが…まずはあなた様がご無事で本当にようございました」
「そうですね…。ありがとうございます。さ、頂きましょう」
マリア・バルバラの簡単な祈りの言葉の後に、朝食が始まる。
「先生、アネロッテの容体は…いかがですの?」
「胃洗浄を施したので、中毒死は免れましたが、酷い痙攣をおこして、今は…失礼ながら舌を噛み切らぬように、猿轡を噛ませて鎮静剤を打って漸く安静になりましてございます」
「咄嗟に手ェ突っ込んだら、危うく食いちぎられそうになったぜ。鎮静剤で眠ってるけどよ、一応外から鍵を掛けさせてもらったよ」
パンにたっぷりとバターとジャムをつけて頬張りながら、刑事が白い包帯を巻かれた左手を掲げた。
「それは…あなたにも、お世話をお掛け致しましたね。私からも謝罪申し上げます。…治療費は我が家に請求してくださいね」
「こんな傷慣れっこさ。心配無用だ。あの一夜の観覧料と思えば、釣りが来るよ」
そう言って刑事は包帯を巻いた手にナイフを持つと、「美味い美味い」と言いながら、旺盛な食欲で朝食を平らげていった。
作品名:第二部23(96) 嵐の後 作家名:orangelatte