第二部24(97) 交渉
「侯…。この財産はこれから…」
ミュンヘン陸軍省を後にした二人は、ランクフルト・アム・マインの帝国銀行へと向かい、中身を検めた。
そしてその足でヨーロッパ大陸を北上し、海峡を越え、イギリス、ロンドンへと向かう。
「突き返されたのだから仕方あるまい。こちらで管理するしか無かろう」
「しかし…。では、あのアルフレートの同志の、シュワルツコッペンに託す…というのは?」
「シュワルツコッペンだと?お前、あのドレフュス事件を知っておるであろう?― あんな男にこの鍵は断じて預けられぬ」
「そう…ですね」
「それよりも…。なぁ、ロストフスキー。…あの陸軍省で相見えた婦人は…どこか、あれに、あの革命家の妻に似ていたと思わぬか?」
不意に投げかけられたその言葉に、ロストフスキーが虚を突かれたように、答えに窮し、少しの沈黙の後、
「そう…でしょうか。私にはあまり…。その、畏れながら髪の色も瞳の色も…何もかも異なっておりますゆえ…」
と返した。
「そう…か。フ…。いずれにしても、ドイツの女というのは、随分と胆が据わっているものだな…」
「それは…そうですね。あの娘も…徒刑場で侯を激しい眼差しで睨みつけておりました…」
そうこうしているうちに、列車のアナウンスが目的地到着を告げた。
ロンドンに降り立った二人は、世界中に支店を持つ大手オークションハウスへと足を運ぶ。
「いらっしゃいませ」
「モーランを」
受付の女性に応接室へと通される。
「これは、ユスーポフの若様。ロンドンまで直々にお越しくださるとは…恐れ入ります」
ややあってユスーポフ家の担当者の、ジェレミー・モーランが応接室へ現れた。
「挨拶はよい。― 早速だが、頼みがある」
「はい。何でしょうか?」
「近々のオークションで、高額切手の出物はあるか?」
「切手…でございますか」
「そうだ。どうなのだ?」
「少々お待ちを」
モーランが持って来させた次回のオークション出品リストを繰って確認する。
「あ、ございますね。マゼンタ・ヴィクトリアの2ペンスポストオフィスが三枚、出品される予定です」
「予想落札価格は?」
「およそ…1500ポンド」
「よし。…モーラン、その切手三枚とも全て落札しろ。…これは手付の半金だ。ロストフスキー」
「は―」
傍らで控えていたロストフスキーが、手にしていたボストンバッグを机に置き、口を開いて見せた。
「残額は落札後に、口座へ振り込む。いいか、その三枚必ず落すのだ」
「は…。畏まりました」
ジェレミー・モーランの背中に戦慄が走った。
作品名:第二部24(97) 交渉 作家名:orangelatte