第二部24(97) 交渉
おまけ 霧の街倫敦買物記
ロンドン滞在も最終日の迫ったその日―。
二人は市内のデパートを巡っていた。
「フォートナム&メイソンでは随分と買い込んでいたな」
「ええ。お助け便に入れる主に食料品を…。缶入りのショートブレッドや紅茶、それからマーマレードなどを…」
ロストフスキーは満足げに、紙袋の中をレオニードに示した。
「そうか…。すっかり習慣化してしまっているようだな…」
「は…。慣れてくると、なかなかこの作業も面白いものでして…」
「そうか…」
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フォートナム&メイソンと並ぶもう一つの有名デパートでは、主に女性陣の土産物の入手に大きな吹き抜けの周囲に巡らされた階段を何度も往復する。
「一番上質のカシミアのショールを出してくれ。ああ、いいな。いい手触りだ。色は…そうだな、それとそれと、それと…それから…そうだな、それを貰おう」
レオニードは手に吸い付くような滑らかな手触りの大判のカシミアのショールを四色選び、買い求めた。
「いい手触りですね」
「であろう?」
「これは…あの娘の?」
ロストフスキーがその中の一枚、柔らかで上品なオフホワイトのショールを指さした。
「ああ…。これも…お助け便に入れておいてくれ」
少し照れ臭げにロストフスキーから視線を外しそう言ったレオニードに、
「…いい、色ですね。あの娘によく合いそうです」
と太鼓判を押す。
「…そうか」
「あの娘はロシアよりも気候の温暖な…ドイツのバイエルン地方の出身ですので、あの国の寒さは堪えていることでしょう。…きっとこのショールは喜ぶでしょう」
「…そうか」
重ねて太鼓判を押されたレオニードの逸らせた横顔が、ほんの僅かに嬉しそうに綻んだのをロストフスキーが勿論見逃す筈はなかった。
― あなた様は…やっぱりお優しい。ああ…侯。しかし…アデール様と他の女性とのお土産が同じものとは…。またアデール様が御機嫌を損ねられましょう。
「…何か言いたいことがあるようだな」
レオニードが傍らのロストフスキーの何か言いたげな視線に気づく。
「あの…お言葉ですが…。正妻のアデール様と他の女性とのお土産が同じものでは…あのソノ…」
「同じ?…色が違うではないか!同じではない!!」
ロストフスキーが気まずそうに言い淀んだその先を、不満そうに遮って反論する。
― 色が違うって…。だからアデール様に「でくのぼう」「心が石で出来ている」などと仰られるのでは…。あぁ、でもあなた様のそんなところが…!
「第一あいつは何ひとつ不自由ない育ちをしていながら、何だって人の寄越す贈り物にああイチイチ文句をつけぬと気が済まぬのだ!全く」
反りの合わない正妻の事を出された途端、苦虫を噛みつぶしたような顔で、ブツブツと日頃の不満が噴出する。
すっかり虫の居所が悪くなった主の気を逸らすように、
「あ、あれ?…一枚、多いですね?これはどなたの?」
レオニードが用意させたライラックピンクの一枚に、ロストフスキーが目をとめる。
「リューバだ。…あいつとて一応女。…冷えは女の身体には大敵だからな」
レオニードもそのショールに目を落す。
「…そうですね」
「であろう?」
― さて、行くか。
二人は売り場を後にした。
作品名:第二部24(97) 交渉 作家名:orangelatte