林殊と霓凰
───怖がっている場合じゃないわ、何かあったのなら助けなきゃ。───
霓凰は立ち上がって走り出し、滝壺の水の中へと入っていった。
「哥哥!!どこ??。」
どんなに呼ぼうと応えは無い。
もう足がつかなくなる所で、思い切って水に潜り、水中を見てみたが、林殊がいる様な気配は無い。
場所を変えて何度も水中を探すが、どこにも林殊の姿は無かった。
「哥哥───!!」
もう、これ以上は自分も怖くて探せない。
見た限り、水中のどこにも林殊の姿は無い。
───どこに行ったの??。どうしていないの??───
途方に暮れるしかなかった。
こんな大して広くもない場所で、見つけられなくなるなんて、有り得ないことだった。
───そうよ、どこかに隠れてるのよ、いつもだもん。
慌ててる私を、どこかでこっそり見て、笑ってるのよ。───
霓凰は、水から上がり、この滝壺が見渡せる岩の上に立った。
「哥哥、分かってるのよ、どこかで見てるんでしょ!!。
こんなに心配させて、、、林燮おじ様に言い付けちゃうんだから!!。」
林殊が「ごめんごめん」と、どこからか出てくる様に、早く出てくる様に、、、霓凰は、ありったけの知恵を絞った。
「今、出て来たら許してあげる!!」
───違う、、哥哥は来ないような気がする───
怖かった。
川遊びをしていた時に、感じた怖さとはまた違う、、。
もう、林殊と会えなくなってしまうのではないかという恐怖。
「哥哥!!、後から出てきても許さないんだから!!」
霓凰の頬に涙が零れる。
「哥哥、、、。」
霓凰は力なく座り込む。
ただ膝を抱えて、泣くしかなかった。
「哥哥〜〜〜、、、出てきてよ、、。」
霓凰は一人、泣きじゃくっていた。
どの位ここに居たのか、どうしたらいいのか分からない。
───誰かを、、誰か呼んでこなきゃ、、、。
探してもらわなきゃ、、。───
子供が川で遊んでいて、いなくなる時がある。
すると、沢山の大人が川を探すのだ。
大概は、見つからず、そのほとんどは、、、、。
「林殊哥哥、、、。」
涙が溢れる、、。
立ち上がって歩き出そうとした時だった。
遠くから蹄の音かする。
段々とこちらに近付いてくるのが分かった。
「げぃぉ───っ!」
蹄に混じって声がする。
林殊の声だった。
蹄の音はどんどんと近付いて、滝壺に繋がる道から、二人乗り馬が姿を現した。
「霓凰!あったぞ!!、髪飾り。」
素早く馬から降りて、霓凰に駆け寄ってくるのは林殊だった。
もう1人は靖王だった。悠々と、ゆっくり馬を降り、林殊の後を追って歩いてくる。
思いもよらぬ所から林殊が出て来た。
霓凰は何も考えられず、頭の中は真っ白になっていた。
霓凰の側まで来ると、林殊は懐から髪飾りを出した。
「ほら、ちゃんと取ってきたろう?。」
そして霓凰の髪に付けてやる。
そういう林殊の頭はざんばらで、辛うじて髪紐で括られていた。
「もう!!どこに隠れてたの!、死んじゃったかと思ったんだから!!!。」
霓凰は思いっきり抱きついて、林殊の胸に顔を埋めて、泣いてるのを誤魔化した。
───悔しい!。───
目の前に現れてくれて、やっと安心したのと、また騙されたという気持ちが混ざり合う。
泣いてる顔なんて見せたくはない。でも、勝手に涙が流れて、どうにもならないのだ。
───また泣き虫だってからかわれる。───
絶対に見せたくない、だから林殊の胸から顔面が離れない様に必死に抱きついた。
いつもこうやって、飄々としてる林殊に腹が立った。
どれだけ心配したと思ってるのか。
林殊は、霓凰が回した腕の力で、どれだけ霓凰が自分を心配したのか、どれだけ一人でこんなところに置かれて、不安だったかを感じていた。
霓凰は声も出さないで泣いているのだ。
━━━ごめんな、、、、。━━━
林殊も霓凰の背中に腕を回して、優しく抱き返す。
林殊が取ってきた髪飾り以外は、霓凰の頭についていない。
何があったのかは、想像がついていた。
「許してやれ、霓凰。これでも私も小殊も急いで来たんだぞ。」
靖王が口を開いた。
「小殊は髪も直さす、急いできたのだ。小殊は霓凰に怒られるって言ってたぞ。」
靖王が笑っている。
───もう!面白くも何とも無い!!───
腹立たしい。
怒った顔を見せるのも、霓凰は悔しかったのだ。
絶対に顔を見せないつもりで、ずっと林殊に抱きついていた。
「小殊、どうしてあんな所に居たんだ?。」
「そうだ!!!景琰!!凄かったぞ、ここの滝壺の中、岩の間に洞があるんだ!!。吸い込まれたんだ。」
「何っ、よく抜けられたな、小殊!!。」
霓凰も驚いた。そんな事があったのだ。
埋めていた顔を上げて、ちらっと林殊を見た。
林殊はまた、楽しそうにキラキラと、わくわくとしている。
「さすがに駄目かと思った。私は運が良かった。
滝の下の急流に、洞の出口があったんだ。水量が多いから下流の方まで流された。
面白かったぞ!!。あの洞に一緒に行こう!!。」
とんでもない危険な目に遭っていながら、楽しそうに話している。
───何言ってんの!!林殊哥哥!!ちょっと間違ったら死ぬじゃない!!。───
「駄目!!行っちゃ駄目よ!!」
「あ────っ!痛ってぇ───!」
ずっと抱き締めていた腕を外し、霓凰は林殊の頬を思いっきりつねった。
───もう、こんな人、心配するのなんて、絶対、嫌!───
「霓凰、大丈夫だよ、。ちゃんと下流に繋がってるんだから。」
「、、、、、。」
霓凰は無言で、林殊を睨みつけ、頬をつねる力を強めた。
「痛ったぁ────っ!。分かった、、、景琰と行くから、な?景琰!!面白いぞ!。」
「私も行かないぞ。
小殊が増水した川で遊ぶと言うから、心配になって来てみたら、案の定だった。
川沿いを馬で駆けてたら、小殊が川に立っていのだ。、、、そういう事だったのか。」
「ほら!。行ったら駄目よ!林殊哥哥!。」
「じゃ、川下りしよう、滝も下れるの、分かったし。面白かったぞ、景琰!。」
───もう!なんて無茶なの!!林殊哥哥!!いつもいつもいつもいつも!!───
霓凰は空いた手で、林殊の反対側の頬もつねった。
「はぁぁぁぁぁ───。いっひぇ────っ。」
林殊は霓凰の手を頬から剥がそうとするが、霓凰の手は頬を離れず、林殊が霓凰の手を引っ張るほど林殊の頬は痛みを増す。
「もう、ここで遊ぶなって事だろう?霓凰??。」
靖王が笑いながら代弁した。
「そうよ!。」
「小殊、約束するまで、霓凰は手を離さないぞ。」
「ひらぃ、、ひまへん、、、、、、。」
「絶対よ!!」
林殊は小さく何度も頷いた。
ようやく霓凰は頬から手を離した。
「ぁぁぁぁ、、。ほっぺた千切れた、、。」
林殊の頬が赤くなっていた。
───あんまり腹が立って、、、、、。
、、でも、凄く痛かったかも、、、。───
つい、力が入ってしまった、、。
林殊が頬をさすっている。
霓凰は申し訳ない気持ちになる。
「林殊哥哥、、。」
───でも、哥哥が、、、、。───
霓凰の心の中で、言い訳はいくらでも出てきた。
霓凰は、そっと林殊の手を取って滝壺の水辺の方に連れていった。
「ごめんなさい。痛かったわよね、、、。」