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第二部25(98) エピローグ1

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「まずヤーコプの調査結果から浮かび上がったのは″フォン・ベーリンガ―家″というミュンヘンの貴族の一家だった」

「フォン・ベーリンガー一家…」

そう呟いたユリウスが顔色を失う。

「ああ。そうだ。ユリウス―、思い当たる節があるんだね」

ダーヴィトの言葉にユリウスが無言で頷く。

「何だよ。そのフォン・ベーリンガー一家って」

ただ一人つんぼ桟敷におかれたアレクセイがダーヴィトに問いただす。

「ミュンヘンの大貴族で、最後の当主、テオドール・フォン・ベーリンガーは、バイエルン州議会議員でありバイエルン王家ルートヴィヒ二世の寵臣でもあった。彼は、反ビスマルク主義の風潮が強かったバイエルンにおいて、その再先鋒と言われていた。そのため―」

「父様に―、熱烈なビスマルク信奉者だったアルフレート・フォン・アーレンスマイヤによって…殺された」

その後の言葉を、マリア・バルバラが無表情に継いだ。

マリア・バルバラのその言葉を、ダーヴィトが補足する。

「フォン・ベーリンガーの殺害理由は“ロシアとのスパイ容疑が上がったテオドール・フォン・ベーリンガーを逮捕に向かった折に、抵抗されての射殺”となっていた。…表向きは、ね」

「ロシア―」

思いがけない所から自分の祖国が話題に上り戸惑うアレクセイだが、彼の戸惑いを後目に、話は進行していく。

「まあ…、ヨーロッパ大陸は地続きだ。いつの時代にもそんな外交問題は尽きんよ。肝心なのは―」

「スパイはテオドール・フォン・ベーリンガーではなく…父、アルフレートだったという事。アルフレートは…己のスパイ行為を告発しようとした敵対する立場のフォン・ベーリンガーを、先んじて彼にスパイ容疑を擦り付け…逮捕に向かい…そして口封じのために…殺した。一家全員―使用人に至るまで全て…ね」

マリア・バルバラの抑揚のないその告白に、ユリウスとアレクセイは顔面蒼白になり、お互いの手をキュッと握り合う。

「ただ…父は上への記録には一家全員を射殺と報告したけれど…それは違った。当時5歳だった一家の長男―、エルンストは表向きは死亡とされたけれど、実は生かされ名前を変えられ保護されていた。…それがヘルマン・ヴィルクリヒ先生。彼はね…父アルフレートに一家を虐殺されたフォン・ベーリンガー家の生き残りだったの」

「そうだったの…。そう…だったの…」

マリア・バルバラの説明にユリウスの手がカタカタと震え出した。

「何か…心当たりがあるんだな?」

「ヴィルクリヒ先生には…実は二度命を狙われた事があった…」

青い顔で小さくそう呟いたユリウスに、

「マジか?!おい、それは…本当なのか?ユリウス」

とアレクセイの声が思わず大きくなる。

「一度目は…オルフェウスの窓から落ちそうになったぼくの…両手の指を故意的に窓枠から外そうとして、墜落させようとした」

音楽への熱い思いと、生徒とも比較的年が近く、ゼバスの教師陣の中でも信頼できる兄貴分のような存在だったあのヘルマン・ヴィルクリヒのもう一つの顔に、アレクセイの表情が強張る。

「二度目は、1904年の…僕が舞台上でけがをしたカーニバルの時に…アレクセイの仮面をつけた先生が…ぼくを連れ出し、刺殺しようとした。そのときは…間一髪でアレクセイがぼくを見つけてくれて…危機を脱したんだ」

「まあ…その後別の危機が迫ったがな…」

な?と目配せされたユリウスが僅かに頬を染めてコクリと頷いた。

「ああ。それで…お前さん、ユリウスが女の子だってのを知ったんだったな…。まあ、そこは今回はいいや。あのカーニバルの時に…、ユリウスが舞台上で怪我を負っただろう?」

「ああ。ぼくを刺すことになっていた剣が…本物の剣と入れ替わっていたのだったね」

「あれをすり替えたのは…フレンスドルフ校長先生だ。― フレンスドルフ校長先生はね、実はヘルマン・ヴィルクリヒ先生の実のお祖父様で、殺されたフォン・ベーリンガー家の夫人、エレオノーレの実父だったんだ」

ダーヴィトの衝撃的な告白に、ユリウスは両手で口を押え、思わず息をのむ。

「そんな…まさか…」

「後日…偶然フレンスドルフ校長先生の部屋から、その時にすり替えた偽物の剣が発見された。先生は娘を殺された恨みから…一家を惨殺したアルフレートに―、アーレンスマイヤ家に復讐をもくろんでいた。―彼の目標は…自分の娘を殺したアルフレートと同じように…、アーレンスマイヤ家の血をひく者全ての殺害だった。実際彼の復讐計画はお前以外の人間―、このマリアや次女のアネロッテの殺害も実行に移されていた」

「私はアブラハム・ウント・レヒナー商会と名乗る法人の持ち掛けた商談におびき寄せられ、商談場所へ向かう最中に馬車に細工され、大怪我を負った」

「そしてアネロッテも…崇拝者を騙った偽の手紙と贈り物で篭絡され…危うく名士の揃ったパーティ会場で刺殺されるところだった。その時はヤーコプが機転を利かせて辛くも難を逃れたのだがな」

「ねえ…それじゃあ…。もしかして、父様も…父様の突然死も…、その…校長先生の仕業だったの?」

おずおずと問いかけたユリウスの質問に、ダーヴィトとマリア・バルバラは少し悲しげな顔で首を横に振った。

「アルフレート氏は…君のお父上の死は校長先生の手によるものではない」

「父と…それから私の母を手にかけたのは…アネロッテ…。私たちの姉妹のアネロッテよ」

マリア・バルバラの告白にユリウスが声にならない悲鳴を上げる。

「アネロッテ姉様が…なぜ…そんな?」

「一つは…口封じ。アネロッテはね、実はアルフレートの…私たちの父の子供ではなかったの。彼女は母とアルフレートの親友だったマクシミリアン・フォン・シュワルツコッペンとの不倫行為の末に出来た子供だったの。その事実を知る母と…それを勘づいた父を…アネロッテは永遠に口を封ずるために殺した」

「そしてもう一つは…アーレンスマイヤ家の財産だ。ロシアと通じていたアルフレートは…とんでもない機密を預かっていたんだ」

「一体…こいつの父親は…、アルフレート・フォン・アーレンスマイヤは、ロシア側から何を預かった?」

「帝国銀行の金庫の鍵だ―。アルフレートはロシア側と通じて、皇帝の隠し財産を預かり…管理していた。ロシア皇帝は…将来起こるであろう革命に備えて、海外亡命の資金を…ヨーロッパ中の各国に分散し…密かに財産を預け管理させていたんだ。その額は…アルフレートが預かったものだけでも数千万ルーブル」

「す、数千万―??」

その事実に思わずアレクセイが声を荒げる。

「結局革命は起こり―、その遺産は役に立つまでもなく…皇帝一家は捕らえられ…ニコライ二世は処刑され…残りの家族も杳として行方知れずだ。なぁ、クラウス。― いや、ボリシェヴィキ党員、アレクセイ・ミハイロフ」

「ああ…。そうだ」