残された心
晴雪、君はどの位のここで眠っていたんだい?。
この寒さで火もなく、いくら幽都の者でも、ましてや君の様な弱った身体の者が、耐えられる筈がない。
屠蘇が守っていたんだよ。」
そう、確かに、、、、きっとここで死んでしまうと思ったわ。
ずっと眠っていた、、、どの位の寝ていたのか分からない位深く。
蘇蘇が守ってくれていたの?。
「旅の中で、屠蘇の事を思い出したりはしなかったかい?。」
「ずっと蘇蘇の事しか頭に無かったわ。
どんどん蘇蘇への思いは強くなって、、、、、。
私が蘇蘇に会いたからだと思ってたの、、。
兄さん、、、、蘇蘇はここにいるの?」
分からなかった、、、。私が蘇蘇を求め過ぎているんだと思ってたの。
蘇蘇が私の傍にいて、守ってくれたの??。
「晴雪、、幽都へ帰ろう。婆様が待っている。」
帰りたい、、、、そう思った。
蘇蘇を見つけるまでは、幽都に帰らないつもりだったわ。
蓬莱からそのまま、蘇蘇を探す旅に出てしまった。
幽都に戻ったら、婆様に、きっと叱られる、、、。
でも、帰りたい、、、帰りたい、、無性に帰りたい、婆様に会いたい。
ゆっくりと私は頷いた。
我慢していた涙がまた溢れた。
「、、、帰りたい、、、。」
だって、辛かったの。
兄さんの声を聞いたら、堪らなく幽都に帰りたくなってしまった。
兄さんは頷いて、私の頭を撫でて、優しく微笑んでいた。
正直、まともに立つことも出来ない程、身体は弱っていた。
兄さんは私を抱き上げ、洞窟の外へ出る。
外には幽都の巫咸が二人立っていた。
兄さんとその二人が力を合わせて、霊力で幽都へと連れていってくれた。
幽都では、私が小さい頃から使っていた部屋がそのまま残され、綺麗に保たれていたわ。
私が戻ってきても、すぐに使えるように、、。
その部屋にすぐに寝かされた。
幽都に帰ったら、きっとたちまち体調は戻ると思っていたのに、疲れが被さるように襲ってきて、、私はそのまま、眠りに落ちてしまった。
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目が覚めると、婆様が私の寝台の側に座っていたわ。
私は、寝台から身体を起こした。
涙が溢れて婆様の姿が見えない。
帰ってきた、、、そう思った。
叱られると思っていたのに、、婆様は優しく語りかける。
「晴雪、、よく帰ってきたわ。辛かったでしょう。」
「、、、、婆様、、。」
「晴雪、、驚いたわ、、、お前は身篭っているのよ。」
巫女が一人で身ごもる、、、子供の頃、聞いたことがあった。
幽都に伝わる、古い伝説だと思ってた。
「晴雪、、身体が辛かったでしょう。
身篭れば、丹力は全て胎児を育てる事に注がれる。
母体の霊力は無くなっていくという、、、。
だから、お前はこんなに弱ったのだね。
助けを呼んでくれて良かったわ。
広陌に聞いたわ。あのままだったら、いかに幽都の者でも、死んでしまっていたかも知れないわ。」
私が身篭った、、、。
蘇蘇の魂が、この体に宿ったのかしら、、、、。
戸惑いがとても大きくて、、、喜んで良いのかも分からなかった。
「晴雪、お前はここで、十日も眠ったままだったのだよ。
お腹の中の子が、育っている証拠なのだろう。
これからお前の霊力は落ちてゆくでしょう。
だが、おなかの中のこの子がお前を守ってくれる。」
私のお腹に、、、、分からなかった、、、。
私が、、、。
「婆様、、この子は、、蘇蘇なの?」
「分からないわ、、。たとえ屠蘇だとしても、新しい生命はお前の事を覚えてはおらぬだろう、、。」
そうね、、、そうだったわ、、、。生まれ変わった生命には、前の記憶は無いのだわ。
婆様は寝台の縁に腰掛け直して、頭を撫でてくれる。
「お前は小さい時から頑固な子だったわ。
私が何を正そうと、自分がこうと思ったことは頑として譲らなかった。でも、全て最後までやり通したわ。
、、、そんなお前でも、砕けてしまった屠蘇を見つけるのは、婆は、さすがに無理だと思っていたのよ。」
婆様は私に微笑み、子供の頃のように頭を撫でる。
「私にも、屠蘇の心が、お前を包んでいるのが分かるのよ。」
本当に、私の側に蘇蘇がいるの?
「晴雪、ここで産み育てなさい。旅は終わったのよ。」
婆様は私を抱き締めた。
「大切な孫よ、、本当によく帰ってきたわ。若いお前には本当に辛くて悲しい試練だった。幽都でゆっくりと癒すのよ、、。」
辛い、、、辛かった、、、でも、辛かっただけでは無かったの。
ただ辛かったのではなく、幸せでもあったの。
、、、、婆様には、伝わらないかもしれないけど、、。
婆様は、これ程私を大切に思い、心配をしてくれたんだわ、、。
私は蘇蘇に、私の気持ちをちゃんと伝えられたかしら、、。
出会いの初めは、初めて見た、同じ年頃の男の子、韓雲渓だった。
大変な運命を背負っていたのはよく分かったわ。
禍々しい古剣と共に、皆に封じられようとしていたのに、頑張って生きようとしていた。
自分の、運命を受け入れて尚、善く生きようとしていた。
とても気になった男の子、、、。
再会した時は、名前を変えていたけれど、韓雲渓に間違いないと確信していた。
あの時の蘇蘇は、心細げで、不安げで、、、眉間に皺を寄せて、笑わない人になっていた。
大師兄や、紫胤様を信じて、言い付けを守り、善く生きようとしていたわ。
幽都に来た、あの幼かった日、、韓雲渓は確かに笑っていた。
楽しい事も美しい事も知っていた。
私はただ、蘇蘇に笑って欲しかったのよ。
昔みたいに、、笑い合いたかったの。
でも、まるで笑う事が罪であるかのように、心に封をしてるみたいだった。
蘇蘇が好きだったの。
初恋だったの。
絶対に、運命なんかに翻弄されない、って思ってた。
二人ならばどうにかなるって思ってた。
たった一本の古の凶剣。
現実は、蘇蘇以外には、誰にもどうする事も出来なかった。
自分も消えてしまうと知っていて、運命を受け入れ、立ち向かった蘇蘇。
この世界を愛していたから、、、、。
この世に生きる人々が大切だったから、、、。
「生きて帰る」
蘇蘇は優しく微笑み、力強く言っていたわ。
絶望的だと分かっていても、蘇蘇にだけしか、小恭を止められなかった。
小恭が太子長琴と結びつき、強大な姿になった。
小恭がこの世を支配すれば、きっと世界が歪んでしまったわ。
その小恭に立ち向かうのを、「止めて」と言えなかった。
蘇蘇がこの世界の人達を、大切に思っていたのが分かっていたから。
蘇蘇が望んで、体に封じられた焚寂剣の封印を解き、焚寂剣の仙霊が蘇蘇の体の一部となった。
封印を解かれれば、蘇蘇の体は耐えられず、三日で砕けるというのに。
ただ蘇蘇の、「生きる」という言葉を信じるしかなかった、、、。
「蘇蘇、、、。」
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私が、あの日、北の地から戻って、六年になる。
私は幽都で男の子を産み、そして幽都の人々に助けられながら、育ててきたわ。
もうこの子は五つ、自分の事も結構できるようになった。
この子を産むのは本当に大変で、臨月の頃には、私の霊力はほとんど失われ、私はお腹の子を守る事にだけ心を向けた。
霊力も無く、人を助けることも出来ず、周りの人に、ただ助けられるだけ。