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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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排他的ユーフォリア

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 女王試験は開始から結構な日数が経過し、二つの大陸の育成もすっかり落ち着いて成熟のときも間近に迫ったある日。
 森の湖で「ごめんなさい」とエメラルド色の瞳を潤ませた女王候補アンジェリークへ向けて、ルヴァは落胆する気持ちを堪え僅かに口角を上げ微笑む。
「私があなたを大切に思っている、この気持ちは今も変わりません。……だから、立派な女王に……いえ、幸せになってください。それが一人の人間としての私の願いです」
 嘘偽りのない想いを言葉にできただけでも彼は満足だった────確かにその頃までは。

 それからというもの、金の髪の女王候補アンジェリークと地の守護聖ルヴァが仲良く並び歩く姿を見る者は誰もいなかった。

 湖での告白を断られたルヴァはそれ以降、できる限り週末の外出を避けたことで隠遁者ぶりに更なる拍車をかけた。
 金の曜日の夜から日の曜日の終わりまで、彼は一歩たりとも館から出ることはない。初めこそアンジェリークとの一件を知る者たちの間で、いまは鉢合わせするのが気まずいのだろう、傷が癒えるまでそっとしておこうという話が出ていたが、彼女が試験をクリアし女王に即位してからもなお続くその生活に、やがて心配した若年の守護聖たちが何度館を訪ねようと毎回執事が申し訳なさそうに頭を下げるばかりで埒が明かない。とうとうしびれを切らしたゼフェルが青筋を立てて彼の執務室に怒鳴り込むまで、週末限定の隠遁生活は続けられていた。

「おいおっさん、いるか!」
 バンと大きく開かれた扉の音と同時に聞こえてきた苛立ちを多分に含むゼフェルの声に、執務室の主が穏やかに顔を上げた。
「おやなんですかゼフェル、静かに入って来てください。執務中ですよ」
 その言葉に反応を示し眉間のしわを一層深くしたゼフェルが、執務机に向かっているルヴァのもとへと歩み寄る。
「悪かったな、騒々しくてよ! 執務中でもなけりゃあんたと顔合わせらんねーだろうが。休みに館に行ったって執事任せで顔すら出さねー癖に!」
 怒りに満ちたゼフェルの瞳を青灰色の瞳が無感情に見つめ返し、ゆっくりとまばたきを繰り返す。
「……休日に私が何をしていようと、別にどうだっていいでしょう? あなたは何をそんなに怒っているんですか」
 ルヴァはふうとため息をつき、手にしていたペンを置いて急須に手を伸ばす。ゼフェルの分のお茶を淹れて座るよう促すと、彼はどっかと腰を下ろして視線を俯かせた。
「そ、れはそうだけど……けど、前のあんたはそんなんじゃなかっただろ。一体どうしちまったんだよ、まだ引きずってんのか」
「何のことです」
 問いかけにやや声を尖らせたルヴァを見て、ゼフェルの息が詰まった。言いにくそうに視線を彷徨わせてから、意を決して口を開く。
「陛下……が、候補時代にあんたを振ったって噂だよ。ずっと気にしてたんじゃねーのか」
 当のルヴァ本人が喋っていたわけではなかったため、これを言うのは気が重かった。それでもルヴァが引きこもり始めた時期で彼に関係する事柄としてはこれしか思い当たるものはなく、止むにやまれず問いかけた。
「振られたのは事実ですが、もう過去の話ですよ。執務に支障は一切ありませんし、私が自分の時間をどう使おうと自由だと思うんですがね。……お話はそれだけですか?」
 向かい合わせに座っていたルヴァが話の内容に緊急性なしと判断して席を立ち、再び執務机の前に陣取った。心配や興味本位を含めた心理的な踏み込みを微塵も許さない態度にゼフェルがそれ以上何かを言えるはずもなく、すごすごと引き下がるしかなかった。
 今度は比較的静かに閉じられた扉へ視線を流し、ルヴァは二度目のため息をついて呟く。
「そう、過去の話なんですよ……たとえ気持ちがそれに追いつかずともね」
 抑揚のないその呟きは、しんと静まり返った部屋の中へ拡散し、消えた。

 その後、いつも通りに執務を終わらせたルヴァはいそいそと帰宅の準備を始める────明日は彼が待ちに待った、何の執務もない土の曜日だ。
 侍従に馬車の手配をして貰い足早に聖殿の廊下を進むうち、視界の先に佇む人影を確認して歩みを止めた。
「……クラヴィス。どうしたんです、こんなところで」
 怪訝な表情で質問を投げかけるルヴァを真っすぐに見つめ、闇の守護聖クラヴィスが話し出す。
「おまえに話があったので待っていた……少し、いいか」
 白く艶やかな床石や壁が夕暮れ色に染まっていく中、長年この聖地で過ごしてきた古株の守護聖二人が並ぶ。
「え、ええ……何でしょう」
 ルヴァの微かな緊張をよそに、クラヴィスの薄く形のいい唇が言葉を紡ぐ。
「現実から目を背けるな。逃げたところで痛みは変わらぬ……それだけだ、ではな」
 クラヴィスは何かを言おうとしたルヴァをちらと一瞥し、そのまま踵を返していった。一人残されたルヴァが足元に視線を落とす。
 夕闇が足元から伸びる影の色を一際深くさせても、彼は暫くの間凍り付いたようにその場に立ち尽くしていた。

 館に戻り軽めの夕食を摂り終えたら入浴を済ませ、すぐに眠る準備を始める────この一連の流れは、いまやすっかり金の曜日の習慣となっていた。
 金の曜日のこの時間、館はひっそりと静まりかえっている。”あの日”以降、ルヴァは執事以外の館の関係者を人払いするようになった。今夜も食後のお茶を運んできたのを最後に暇を取らせているため、彼らは日の曜日の昼まで来ることはないのだ。その代わり休日の訪問客の対応だけは執事に全て任せている。
 寝室のサイドテーブルの上に置かれた茶器にふと視線を縫い止めてからその下の引き出しに鍵を差し込んだその刹那、クラヴィスから夕方に言われたことがふと脳内によぎった。
(……心を閉ざしてしまうのと、逃避してしまうのと……果たしてどちらがいいのか)
 浅い引き出しにしまわれていた薬包をひとつ取り出し、緑茶の中に溶かし込む。ざらめのようにきらきらと光を反射する白っぽい顆粒が跡形もなく消え、彼は無表情のままそれを少しずつ口に含む。
 途中、幾度かしかめっ面になりいかにもまずそうに口元を抑える場面はあったが、湯飲みに入っていたお茶は全て飲み干した。
 それからベッドに潜り込んで目を閉じる。ものの三十分も経たない内にすうすうと寝息を立て始め、穏やかな寝顔にはっきりと赤みがさしていく。傍から見れば酔い潰れて眠っているようにも見える、どこか幸せそうな雰囲気────こうしてルヴァは週に一度、儚い夢を見ていた。
作品名:排他的ユーフォリア 作家名:しょうきち