14の病
俺は自分の迂闊さに苛立ち、歯噛みする。纏わり付く闇も、悪魔にいいようにされていることもとにかく酷く腹が立った。
苛立ち、力任せに這い上がってくる闇を引き剥がそうとするが、いくらもしないからだの殆どを闇に覆われる。何度か口汚い罵りや悪態を吐いたが、上手く回らない舌では言葉にならなかった。
「っく…ぅ……ぉす」
不様な呻き声が漏れ、それを嘲笑うかのように、金の目がちかちかと光る。いや、実際に笑い声すら聞こえた気がした。それは、さっきまでとは違い、頭の割れるような笑い声ではなかった。なぜかと、不思議に思う余裕はもうなく、ただ悪魔の目が瞬く度、闇雲に怒りばかりが膨らむ。
歯軋りする俺の耳元で、またひしゃげた声が囁いた。
【ワスレル わすレる】
反射的に、うるせぇと怒鳴り返した。声になったかどうかはわからない。少なくとも、そのつもりだった。すると、笑い声がますます大きくなった気がした。
何もできず、体の自由を奪われ苦しんでいる俺を、笑っていやがる。
抑えきれなくなってきた怒りを、続く声が更に膨らませる。
【わすれル ワスレル わスレル】
─────うるせぇ!
もう、言葉になっているかとか、そういうことはどうでもよかった。ただ、怒りか闇か、赤黒く染まった思考で、思いつく限りをぶちまける。
─────そんなことは解ってんだよ。どうせ忘れられるんだ。忘れたやつが悲しんでることなんて知りもしねぇ。馬鹿野郎が。新しい場所で、新しい物と新しい仲間に囲まれて、笑え笑え。呪ってやる。
まるで俺自身が悪魔のように、呪いの言葉を吐き続ける。
頭のどこかでは、こんな事をやってる場合じゃないとわかっていた。だが、視界で金の光りが瞬くたび、笑い声が聞こえる度に自分のそこかしこから湧き上がるどす黒い感情を抑え切れない。
最早、全身を闇で覆われた俺は、それでも呻きながら腕を持ち上げた。
死に物狂いで手を伸ばした先で、悪魔が笑う。その顔に、思い出したくない幾つかの顔が重なった。昔、笑いながら俺を踏みにじった奴らの顔だ。
─────畜生、笑うな!
言えばいっそう笑い声が大きくなる。
─────呪ってやる。くたばれ、死ね。死んじまえしんじまえしんじまえ。
それ自体が呪文のように俺は死んじまえと繰り返す。
浮かぶ顔ぶれは、今も生きている奴らもいくらかいるが。もうこの世にいないものも多い。その死に様は、無残に殺された奴もいれば、しぶとく生き残って、おぞましいことに惜しまれながら死んだ奴もいる。
だが、この時はもう生死も何もどうでもよかった。とにかく苦しむ自分を嘲り、笑う奴らが憎かった。そんな奴らがのうのうと生きた世界もまとめて、くたばれ。滅びちまえ。
肺の中身がすべて空気じゃなく、憎悪で膨らんでいるようだ。
そいつを吐き出しても吐き出しても息苦しいのは、纏わりつく闇のせいか。それすらわからなくなった頃。あたりは完全に闇に飲まれ、とうとう声も出なくなる。後はひしゃげた囁き声がこだまするだけだ。
【ワスレル かナしい かなしイ キエ…】
ルと続いたんだろうそれを、聞き終える前に、俺の意識は闇へと消え失せた。