14の病
なにがなんでも中に入り込んで、あんなネガティブな勘違いを今すぐ止めさせてやるんだ!
怒りとごちゃ混ぜの決意でもって、俺は何度か扉を叩き、大声で呼びかけたけど、扉の向こうからかえってくるのは、無言、無音。つまりは無視だ。
苛立ちも頂点に達した俺は、最後に一発、扉を殴りつけて、
「そうかい、わかったよ!」
そう言い捨て、踵を返した。だけどもちろん帰るわけじゃない。
扉を蹴破ることも出来るけどね。だけど、正面突破じゃあ、相手も何らかの手立てを考えてるだろう。なら、どこかの窓から、なるだけ派手に侵入して、今度はこっちが驚かせてやるんだ。
というわけで、目的地はここの主ご自慢の庭だ。
面積こそ、イギリスの本宅である屋敷のものには遠く及ばないけれど、俺から見ても十分な広さの庭に、俺は足音高く回りこむ。
日はとうとう沈み、空は早くも紫から群青へと色をかえはじめていた。下がる明度と比例して、ぐっと気温も下がる。
本格的に庭へと足を踏み入れると、冷え始めた空気に、湿った土のにおいが混じった。
新芽を出し始めた植物たちと、その間に常緑樹の緑が垣間見える。幾つかのプランターに盛られた土が、先に夜を迎えたように黒々と見えた。
しんと静まりかえった庭を横切り、中央付近でようやく足を止める。
この家は二階建てだ。
残り僅かになった光を受けて白く浮き上がる外壁は、ここらでよく使われている淡いクリーム色の石(ライムストーンっていうんだ)で出来ている。蔦の絡まる外壁へ、俺はざっと視線を走らせた。
見たところ、一階であいている窓はない。窓ガラスを割って入ってもいいけど、後でうるさそうだ。じゃあ二階はと、視線を上げようとした時。俺の背中に、何か固いものが当った。
「いてっ」
驚いて振り返ると、足元に丸められた紙屑が落ちていた。誰かがこれを投げつけたんだ。誰か、といってもそんな事をするのは一人だけだ。
「イギリス、いるのかい!?」
言いながら庭を見渡すと、隅の方でさっと小さな黒い影が動いたように見えた。急いでそこへ走っていったけど、影も形もない。しばらく庭をあちこち見てまわったけど、どこにもそれらしい姿は見つけられなかった。
────文字通り自分ちの庭だ、俺から隠れるのなんてわけないってことか。それにしたって、セコい嫌がらせだよ。
苛立ちをつのらせながら、最初立っていた場所へと戻った俺は、その場に投げつけられた紙屑を拾い上げる。丸められた紙を開くと、中にはなんと小さな石が入っていた。道理で痛いわけだ。頭にでも当ったら、どうするつもりだったんだと腹を立てたけど、同時に俺はあることに気付いた。
「……?」
何かかいてある。
日焼けして、少し黄ばんだ紙の真ん中に、これは…鉛筆でかいたのかな? 所々掠れて滲んだそれを、俺は最初何かの記号だと思った。もしくは、前に日本の家で見た「アミダクジ」ってやつに似てる。
────でも、何でこんなものをイギリスが持ってるんだろう?
俺がそう思ったのも仕方ない。だって、その記号はまるで子供の落書きそのもので、とてもあの人が描いたものとは思えなかったからだ。
だけど、こんなところでいくら考えていても、答えなんて出やしない。早々に気持ちを切り替えて、俺は顔を上げた。
そしたら、思いがけない答えあわせがそこに待っていたんだ。
はしご、だ。
この落書きは、はしごだったんだ。それがなぜ解ったかって? そりゃ実物が目の前にあったからさ。
ちなみに、そいつは古ぼけた木製のはしごで、さっきまではどこにもなかったはずのものだ。もしかしたら、俺が見逃してただけかもしれないけどね。
だけど、少なくとも家の壁に立てかけられてはいなかった。しかも、俺の目に付くようなわかりやすい場所で、上ればちょうど二階の窓へと続く格好でなんかではね。
誰か、いやこの家の主しか考えられない。そいつがここへ置いたんだ。さあこちらからどうぞって風にね。
たっぷりと漂ってくる罠の臭いに、でも俺は軽く鼻を鳴らして笑う。
望むところだぞ!