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14の病

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 月明かりの中近づくと、それが思ったとおりの物だとわかった。
 
 古ぼけて立派な、だけど怪しい本。皮のカバー表紙には、これまた怪しげな魔法陣が描かれているそいつを、俺は拾い上げた。装丁のお陰か、特に目立った汚れはない。
 それでも付いた砂をうため、俺は表面を軽く叩いた。同時にふっと手元が明るくなる。
 反射的に視線を向けると、光は俺のすぐ目の前の窓から射していた。
 ほらきた。
 予想どおり、罠か仕掛けか。始まろうとしているそれに、俺は密かに身構える。逃げる気はない─────んだけど、あれ? 俺は首を捻った。
 辺りは、月明かりと窓から漏れる光に照らされた静かな夜の庭が広がるばかりで……つまり何も起こっていない。
 いや、正確には何か音がする。出所は、目の前の小さな窓。微かな水音と、複数の話し声だ。
 聞きなれた声の混じるそれと、僅かに開いた窓の隙間からのぞくものに、中の様子は大体わかった。また、あの悪趣味な上映会をやってるんだ。
 でも、ただそれだけ。
 俺の身に何か起こるわけでもなく、玄関で出くわしたドロドロも現れず、見せようと強制させられるわけでもない。
 まあ、ゲストルームの時も、強制的に見せられたわけじゃないけどさ。
 でもあれは室内で不意打ちだった。けれど今、俺は部屋の外にいるんだ。その気になれば、無視することもできる。小さなオバケも待たせてるしね。
 だけど結局、俺は窓へと近寄った。
 ああくそっ……なんて、悪態を付きながら、それでもあらがえない好奇心に従う。話し声の中に混じる聞きなれたそれは、殆ど今のあの人と同じ声色だったんだ。
 あの人の背を越えた頃、気付くようになった自分以外に向けられる冷めた横顔が、きっとこの中にある。あるいは、そんな顔をするようになった理由の一旦も。
 どっちにしろ碌なものじゃないだろうけど、毒入りバーガーを食べるなら、一口じゃなくもう包装紙まで食べ尽くすつもりで、俺は窓を開け中を覗き込む。
 
 そこは無人バスルームだった。

 金属のぶつかりあう音や、爆発音が反響する室内では、予想どおりの上映会が行われていた。ただ、前回と違って随分と画面が大きい。白いタイルの壁を、スクリーンにしてるんだ。フィルムをまわす、古い型の映写機が映し出す映像のはじが、いくらか揺らいでいる。それは、スクリーンであるタイルに向けて、シャワーの水がかかっているからだ。
 そして、映像の中では、木でできた今じゃ考えられないような船が二つ、小競り合いの真っ最中だった。
 片方は、小さくみすぼらしい船。もう片方は、黒い服の男が目立つ、大きくて装飾も立派な船だ。だけど、大きさや外観の美しさなんて、関係もないといわんばかりに、小さな船からは幾つもの砲弾が発射され、明らかに大きな船の方が押されていた。何とか距離をとり、持ち直そうとしていたけど、小回りの利く小さな船にくらいつかれ、やがて距離がなくなった。
 船腹がぶつかって、二隻の間にロープがかけられた。主に小さな船の方から投げられたそれを伝って、幾人もの男達が大きな船へと乗り込む。そろってガラの悪そうなそいつらは、すぐさま大きな船の乗組員達に襲いかかった。
 勿論襲われたほうは必死で応戦したけど、小さな船の…いや、海賊達は手馴れた様子で相手の胸に腹にあるいは頭に首に、錆びた剣を押し込んでいく。
 ふりまかれた血しぶきと悲鳴に、恐れ戦いて逃げるやつ、勇敢に立ち向かうやつ、甲板の隅で、震えながら祈っているやつもいた。
 りんごの入った樽の陰に隠れ、祈りと、家族の名前か何かを繰り返し呟いているそいつの口は、あるとき突然驚いた様に大きくひらかれた。そして次にそこから吐き出されたのは、祈りじゃなくどろりと赤い液体だった。
『ああ、悪い。お祈りの途中だったか、ま、つづきはあっちで会えたら直接言えよ』
 樽ごとそいつを貫いた剣の持ち主が、ひょいと顔を出し、軽口を叩いた。
 この映像の主役だろうその顔は、もちろんよく見知ったもので、見たとこ今より四、五歳若い感じだ。
 青年というには、少し幼いそいつは上等そうな、金の糸で縁取りをしてあるベストの上に、青い上着を着込んでいる。袖口からは、これもまた上等そうなレースが覗いていた。ただ、本来真っ白なはずのそれは今、赤黒く変色している。すでに、何人か殺した後なんだろう。
 袖口から血の滴らせた海賊は、でもそれを気にしたようすもなく、死体と樽に突き刺さった剣を抜こうとしてた。だけど、どうにも上手くいかなかったらしい。早々に諦め、自分の殺した相手の剣を奪う。
 そして、死体と一緒に転がっている樽の中からひとつ、りんごを取り出した。殺し合いの真っ只中で、美味そうにりんごを齧りながら海賊はあたりを物色する。
 まるで散歩気分だ。いや、真実ちょっと物騒な散歩くらいの気分なんだろう。そう思わせるくらいの慣れが、海賊の仕草から感じられた。
 だけど、血みどろの散歩道には障害物が多い。やがて海賊の前に、ひとり黒服の男が立ちふさがった。目を血走らせた男は海賊に向けて、早口に喚き散らす。彼の使う言語が、普段俺がそれ程聞く機会のないものだったから、内容は殆どわからなかったけど、ただ『弟』という単語だけは聞き取れた。
 それを聞いた瞬間、海賊の太い眉がぴくりと跳ね上がる。
 男は続けていくつか───恐らく口汚い罵り言葉だろうスラングを吐き捨てた。怒りに歪むそいつの顔は、さっき海賊が樽ごと貫いて殺した男によく似ている。
 ひどく冷めてすさんだ目でそれを見ていた海賊は、
『あー……めんどくせぇ。…死ねよ』
 そう言って、奪った剣を抜き放つ。
 少し古ぼけているけど良く手入れされた剣が、太陽の光を受けて場違いに美しくきらめいた。それを、黒服の男の充血した目が追う。
 その顔に齧っていたりんごを投げつけて、海賊は床を蹴った。
 黒服の男の剣と海賊の剣がかちあって火花が散る。何度かきり合って、つばぜり合いになる。そうなると、海賊の方が不利だろう。喧嘩は強いけど力自体はそうないんだ。あの人は。
 本人もその自覚があったんだろう。海賊は、剣を合わせたまま相手の腹を蹴り飛ばした。そして倒れた相手に馬乗りになり、相手の胸に剣をつき立て、捻る。絶叫と血を噴出し、男は動かなくなった。
 少し呼吸を荒らした海賊は、でもすぐにそいつの顔を踏みつけて立ち上がり、小声で吐き捨てる。
『弟と一緒に、仲良くあの世で神様探してぶっ殺せよ。なんで助けてくれなかったんだよって』
 そして、殆ど聞き取れないような声で『いねぇだろうけどな』と呟くと、あとは死体に目もくれず、殺戮と略奪の輪の中へと進んでいく。
 同じような光景が、そこかしこで行われていた。
 俺の予想があってるならば、この映像の時代でのこれは許された行為だった。私掠船を奨励したあの人の上司、かの有名な女王の元でこの国は安定し成長した、そして建国以来初めてとなるほんの少しの、10年になるかならないか程度の平和を手に入れたんだ。
 そうして手足を伸ばして、力をつけ、今尚続く程人気のある指導者の元、侵略にと内戦に晒されていた小さな島国は攻勢に出た。
作品名:14の病 作家名:さんせい