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14の病

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 踏みつけにされていた者が、やりかえす。国じゃなくても良くある構図だ。
 歴史的に見れば、意味合いは違うかもしれないけどね。
 でも、縮こまって許しを請うていた子供は、この映像の中ではもう青年になりかかっていて、手に持つ武器も十分に扱える。
 今までのうさを晴らそうとしていたのかは、わからない。けれど、どちらにせよ青い服の海賊は暴れまわり、悲鳴と血飛沫を撒き散らす。
 服も顔も、汚れるのなんかお構いなしだ。やがて上がりはじめた命乞いも無視して切って、あるいは叩き潰して、火薬で肉片になったものも全部全部、海に投げ捨てる。
 そうして、海賊の青い上着が、袖はおろか全部を赤黒く染まる頃になって、ふっと視点が切り替わった。
 俯瞰の構図で映し出された二隻の船を中心に、海に広がる赤い染みが広がっていく。
 それが映し出されている普段は真っ白なタイルを汚す、赤黒い染みに、サーサーと軽い水音を立ててシャワーが降り注ぐ。だけど、 それは画面をいくらか歪ませるだけで、洗い流せはしない。
 なぜなら、その汚れは映像だし、過去にもう起こってしまった本当のことだからだ。
 だから海賊がいつか病気になったとして、それを面白がる奴がいてもおかしくはない。黒い服の男が話す言葉は、彼の言語だった。
 それからも、血みどろの映像は続く。
 浜辺で、ぬかるみに足を取られた騎士たちが、雨のように降り注ぐ矢に沈んでいく姿や、肌の色の違う人々が地べたをのたうち、苦しむ様子もあった。
 戦争ドキュメンタリーというよりも、スナッフムービー───殺人ビデオよりのそれは、ゲストルームで見たものと同じように、年代もバラバラで、徐々に細切れになっていく。
 時折映る緑の目は、白けたように見開かれていて鋭い。そこらじゅう、空気さえも怨んでいるような目つきは、俺も昔、一度だけ見たことがあった。
 だけど、その時は雨の中すぐ諦め顔で目を伏せた人は、映像の中ではずっとそのまま。口からは、呪いの言葉が何度も吐き捨てられた。かと思えば、同じ声での嘲笑がこだまする。いつまでも続きそうなそれを、俺はそっと窓を閉めて終らせた。
 
 見なけりゃよかったとは思わない。
 ショックも左程受けていないし、もし、俺はこんな残酷な真似してきたんだぞ、なんて言うつもりなら、相手が悪かったね。俺も国なんだ、意味が無い。
 過去に、歴史に残酷なことをしてされて、今尚許さない、許されない人々がいる。その中に、俺もまた含まれているんだ。
 ただ……そうだな。
 もし本人がこの場にいたなら、こう言っただろう。それで、君は俺にこれを見せてどうしてほしいんだい? ってね。
 ただ帰れというには、あの人は俺に知られたくないだろうことを、見せびらかしすぎてる。
 何の意図と意味があって……。
 そこまで考えた時、俺は大きく息を吐き、思考に沈みかけた頭をひっぱり戻した。
 答える人がいない以上、考えたって仕方ない。
 という思考を打ち切る言葉さえ、今夜で既に何回目だっけ?
 結局、考えないようにしたって拭いきれない薄暗い苛立ちを抱えたまま、俺は小さなオバケの元へと足を進めた。

 真っ黒なシーツの塊は、バスルームの窓に背を向けた時から見えていた。
 実はこれには少し驚いてたんだ。結構中を覗き込んでたからからね。退屈して、どっかにいっちゃったしてても、おかしくないと思ってたんだ。というか、俺だったらそうした。
 あと、結構…かなりシャイな子みたいだったから、また庭でかくれんぼなんていう可能性もあるかなと思ってたんだ。
 けど、予想に反して、黒いオバケは俺が与えた任務を忠実に遂行したみたいだった。
 それどころか、俺が歩み寄る間も微動だにしない。もしかして、ニンジャみたいに中身が木の枝とか、タタミとかにすりかわってるんじゃないかと軽く疑ったくらいだ。
 恐る恐る近づいて、やがてオバケの前に到着し俺はしゃがみこむ。
「ほら、これだろ?」
 言って本を差し出すと、相手はようやく動きを見せた。
 こくり、と頷いたオバケは、小さな手を出して本を受け取る。
 自分が持ってる時は、なんとも思わなかったけど、こうして見るとわりと大きな本だ。対比物が小さすぎるってのもあるだろうけど。
 こんなのを、あの人はどうやって懐にいれてるんだろう……と考えている俺の前で、小さなオバケはパラパラとページをめくりはじめる。心なしか嬉しそうだ。
 オカルト趣味なんだろうか? こんなに小さいのに。
「…ねえ、君はパワーレンジャーって知ってるかい?」
 いや、今ならまだ間に合うかもしれないと、身近な子供が夢中になっていた番組のことを振ってみる。
 だけど、一瞬ページをめくる手をとめた黒いオバケはふるふるとかぶりを振り、また忙しく手を動かしはじめた。不味い傾向だな…と思いつつ、とりあえず今度DVDを貸すよと一方的に約束をした俺は、改めて別の質問をぶつけてみることにした。
「それで、次のヒントはあるのかい?」
 またふるふると、首がふられた。どうやら品切れらしい。それを見て俺は、大きく息を吐いた。
 振り出しに戻る、か。いやそもそもコマは進んでたんだろうか? 
 密かに脱力する俺をよそに、小さなオバケがそっと本をその場に置いた。そして、近くにあった枝を手に取り、地面に何か描きはじめる。
 ヒントはもうないって言ってたから、単なる落書きだろうけど、それにしちゃチラチラと本を見ているのが気になる。だってさ、置かれている本は開いてて、そのページには、怪しげな魔法陣が描いてあるんだ。そして、小さなオバケが描いてるのは、どう見てもそれと同じものな気がしてならない。
 ………。
 ま、いいけどさ。
 そもそもこんな小さな子に、あれこれ期待するのも間違ってる。自分の道は自分で切り開くんだ。
 絵書きのオバケを眺めながらそう決めて、俺はその場に腰を下ろした。ちょっと休憩でもしながら作戦をたてようと思ったんだ。すると途端に足を伝った、じんっと重だるい感覚に、そういえば、ここにきてから次から次に色々起こって、ろくに座る暇もなかったということを思い出した。自覚すると、次はこっちだとばかりにぐぅとお腹がなる。
 ランチの後、移動中に少しお菓子を食べてそれ以来何も口にしてない。ついたのは夕方で、夜はイギリスとピザでもとろうと思ってたんだ。でも、残念ながらピザ屋どころか俺すら家に入れなかった。
 ぺしゃんこなお腹を押さえた俺の口から、はーっと情けない息が漏れた。テキサスを外して、顔全体を乱暴に撫でる。
 戸惑って苛立って、謎も解けず疲れて、さらにはお腹をすかせてる。
 空腹は、思考を鈍らせて怒りを誘発させる。なんて小難しいことを考えるより先に、俺はジャケットのポケットを探った。確かここに……ああ、あったあった。
 ポケットから取り出したものを見て、俺は少し考え、立ち上がった。
作品名:14の病 作家名:さんせい