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14の病

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自分の掌にのせたそれを睨みつけ、やがてぐっと握り締める。そして、ようやく顔を上げた。
 窓を目指して歩き出す。どうせ中の扉はどこも開かないんだ。
 そしてこの鍵を、小さなオバケは「おれんちの鍵」って言ってたんだ。
 冷静に考えると、まさかあの子が本当に子供のイギリスだとは思わない。顔は見てないし、目と髪の色が似ている子供くらい、捜せばいるだろう。
 だからこれは、あの子の本当の家の可能性もあるけど、役どころを考えれば試してみる価値はある。
 なんて考えながら、本当はすがるような思いだった。

 ここに来た時、散々帰れっていってたのも本当に本気だったんじゃないか。今の俺と、四六時中一緒にいてやっぱり子供の頃とは違うと思い知って、嫌になったんじゃないか。
 子供の、自分の過去の不幸を埋め合わせる相手でなければ、必要ないんじゃないか。
そして───今夜の事は、それを思い知らせるために、準備されたんじゃないか。

 らしくないネガティブな問いがつぎつぎ湧いて出て、心臓が押しつぶされそうだ。
 俺はその酷い圧力を、小さな金属片を握り締めることでやりすごす。
 これはきっと、閉じてしまったあの人の中に入り込める、最後のチャンス。最後の鍵なんだ。鍵を開けたら何て言ってやろう? 

 でも、もしダメだったら……?

 窓からでると、相変らずの夜の庭が待っていた。いつの間にか強くなった月明りに、すでに時刻が真夜中だろうことを知る。不思議な緑の道が敷かれたそこは、しんと静まり返りまるで夢の中の庭みたいだ。悪夢なら、是非覚めて欲しいね。
だけど、手に握った鍵の感触がたしかにこれが現実だと俺に伝えていた。
 だから、早く早くと俺は玄関へと向かう。
だけど結局、すぐに鍵を使うわけにはいかなくなったんだ。


 それは、殆ど走るようにして玄関へ向かっていた時だった。
 ガツンッと門を乱暴に開く音がして、それに聞き覚えのある声が続く。
「俺様到着だぜー!」
 誰だかわかりやすい登場をしたそいつは、敷地内に一歩足を踏み入れたところで何故だか立ち止まる。首元に手をやり、首を傾げた。
「……気のせいか?」
 沈んだ気分も焦りも、なにもかもぶち壊しな言動で現れたそいつに、俺は若干肩を落としながら呼びかける。
「……プロイセン」
「よぉ」
 ひらりと片手を上げた闖入者を、自分から話しかけた手前まさか無視するわけにもいかず、歩み寄りながら予想外の訪問のわけを問う。
「どうしたんだい?」
「いや、なんかさっきこれが光ったような気がしてよ」
 首から提げている十字架を指して言う相手を、俺は「じゃなくて」と遮り、
「どうしてここにいるんだい?」
「ん? ……おお! そうだそうだ」
 俺の言葉を聞いて、プロイセンはポケットから携帯を取り出し、どこかに電話をかけ始める。勿論、問いへの答えはない。
「……君、人の話きいてるかい?」
「いや、フランスがよ……お? フランスか? 俺俺、俺様」
 どこかの詐欺士のような口ぶりで、やっぱり問いに答えることなく通話を開始した。
 まあでも口ぶりからするに、髭のオッサンに何か言われるか、丸め込まれてここにきたってとこだろう。
「ついたぜ? つか、なんだよあの家のまわりにわらわらいた奴らはよ。聞いてねぇーぞコラ」
 軽く因縁をつけつつ、会話を続ける。
「あ? いや、なんかそいつら中に入れねーっつうから……は? 知らねーよ。びびってんじゃねぇの? でも、俺様の顔みてあなたならば、この障壁を越えられる! とかいいだしやがってよー。いや、流石イケメンだよな」
 プロイセンはそう言って、けせせせせと笑う。
 そのご満悦な顔を見ていると、これはもう、放っておいていいかなあ、と思った。こっちはそれどころじゃない。
 だけど踵を返そうとした時、俺はあることに気付いたんだ。年季の入った喧嘩バカの手に、あまり似合わないものが握られている。
 そして、気付いた瞬間まるでタイミングをみはからってたかのように、プロイセンが、
「で、これを使ってくださいとかって、武器までくれたぜ!」
 得意気に言いながら、それを揺らす。
 そいつは、妙な銃だった。
 多分、本体はベレッタ92か、そのグレードアップ版のベクターCP1だろう。よくイギリスが使ってるやつだ。(あの人は、銃に関しては、わりと俗な趣味をしてるんだ)
 銃としてはベストセラーになったそれは、見慣れたものでもある。だけど、プロイセンが持っているものは、ボディは全部銀色だし、ゴテゴテとついてる装飾には怪しい文字が掘り込まれている。実用品なのか疑わしいカスタム具合だ。
 そして、それを持っているのが、普段は素手か剣か、その辺を振り回してそうなイメージのあるプロイセンときてる。
 俺が思わずしげしげと眺めていると、
「はあ!? なんでだよ!」
 突然、プロイセンが大声をだした。
 その後も、なにやらモメてたようだったけど、どうやら相手に言いくるめられたらしく、盛大な舌打と共に「わかったよ!」と言って耳から携帯を離した。
 そして、何事かと思っている俺へ携帯を差し出してくる。
「ほれ、フランスがお前にかわれってよ」
 不服そうな顔で言われ、差し出された両方を俺はとりあえず受け取った。
 わけは、電話で聞けばいい。「ああ、わかった」
 携帯を耳に押し当て、かわったことを伝えると、少し疲れの滲む声が聞こえてきた。
『よう、深夜にご苦労さん。調子はどうよ?』
「………さぁ、一応ここから最終局面ってとこかな?」
 手に持ったままの鍵を握り締め、言った声は普段とかわりないようにだせてただろうか? 確認するすべはないけど、会話の相手からは特にそれに対するコメントはなかった。
 ただ『ふーん…』と流して、話を続ける。
『じゃあ、そんな時にうるさいやつがいって悪いな』
 内容に反して、特に悪びれた様子のない口ぶりに俺は反論する気は、珍しく起きなかった。急いでるんだ。
 だけど一応これだけはと、手短に訊ねる。
「人選と、派遣理由について聞いてもいいかい?」
 なぜ彼なのか、何をしにきたのか。
 この問いに、でも返ってきたのは答えとはいえない代物だった。
『ええと……ほらそいつってば一応宗教国家的な意味合いもあるじゃない? 話によると、その読みは正しかったみたいだし』
「は?」
『ああ、いや。なんか自分で行くっていいだしたんだよ。一応同じ病気だと思い込んでるから、気になったんだろ。お兄さんも、心配で心配で、誰かに様子を見てきてほしかったんだよねー』
 ……全体的に疑わしい。
 特に最後のところは心配なのは、主にイギリスに何かあってそれが自分の身に及ぶことが心配なんだろう。いちいち指摘するのは面倒臭いから言わないけど。
『いやいや、言っちゃってるから! そんで、お医者さん達が外で立ち往生してるなら、お兄さんの心配は、残念ながら当たってたんだよ!!』
「立ち往生?」
 そういえば、イギリスのかかりつけの医者がくるって話もあったはずだと思い出した俺は、門の外へと視線をやる。だけど見る限り、誰かがいるようには見えない。
 むしろ絵か写真のような、無人の静止画が貼り付いてるみたいだ。
作品名:14の病 作家名:さんせい